土曜の夜、末っ子が突然、夕飯に食べたものをマーライオンみたいにだばーーっと勢いよく吐いた。
リビングの座布団も、子どものお気に入りのサメの大きなぬいぐるみも、床も、あらゆるものがゲロまみれになった。
それまでの穏やかな空間は一変して、大騒ぎ。
それでも我が家は大人が3人いるから、大変だけど心が折れることなく、チームプレーで現場復帰することができる。
娘氏はこういう時、本当に手際が良い。
人手があるのは本当にありがたいことだ。
それからは、吐くものがなくなるまで断続的に嘔吐は続き、吐くものがなくなっても泡を吐き、結局深夜救急に駆け込むことになった。
深夜の病院の少し気だるいような空気の待合室、絶え間なく聞こえてくる赤ん坊の泣き声を聞きながら、頬の赤い子どもを抱いてぼんやりと待つ時間。
夫氏は隣のベンチで気絶したみたいに寝落ちしている。
身体はだるいしうすら寒いし、しんどいんだけれど、どこか甘い気持ちでじっと座っていた。
こうして目の前のことだけが全てで、真夜中に互いの体を寄せ合ってじっとしているということの確かさ。
私たちが運命共同体であるということ、私たちは急に降りかかってきたものにおろおろし、その時々でできることをするしかない、小さき者であるということを感じていた。
流行性の胃腸炎という診断だった。
浣腸をして、お腹の中のものを全部出してから、しばらく様子見したのち、特に薬をもらうこともなく家に帰った。
生まれて初めての浣腸をされた末っ子は、ものすごく珍妙な顔をしていたが、3分間うんちをすることをなんとかがまんしていた。
落ち着いた対応で見通しをクリアに説明してくれたお医者さん、深夜の2時半だというのに、お花のような明るい笑顔で末っ子を励まし、配慮しながら接してくれた看護師さんに感謝の気持ち。
こうしたイレギュラーな医療の恩恵を受けると、社会のインフラがいろんな人によって支えられて機能していることを改めて実感して、安心するし、感謝の思いが湧いた。
やっぱり大事なのは、この国に暮らす人たちが安心して暮らしを営めることなんだと思う。
弱い人たちを支えるためにある社会のインフラは、地味で目立ちにくく、健康で大丈夫な時には見えにくいものだけれど、お金があってもなくても、いつでも、いざという時に助けてもらえる場所や制度があるということは、人が安心して生きていくために本当に大事なものだ。
高市氏が首相になってから、社会インフラへの分配を減らして個人負担を増やす方向が加速している。
なかでも、石破氏が凍結を決めた方針をくつがえして、高額療養費制度の月負担額が一気に38%も増えたニュースは、ショックだった。
高額療養費制度は、国民皆保険と並んで日本が誇る優れた制度だったと思う。
国民全体がどんどん貧しくなっている時だからこそ、死守しなければならない制度だったのに。
そのことが大して報道もされず、話題にならなかったこともとてもショックだった。
今後は大病や大けがをしたらお金のない人は詰みます、という社会に向かって大きく舵を切ってしまったという重たい事実も、高い支持率を見ると、よく知らないという人がたぶん多いのだろう。
人々の暮らしが二の次でしかない彼女が首相であることによって、安心を奪われたり、経済的により圧迫されていく可能性が高いことを思うと、気が重い。
選挙で、一人ひとりが考え、権利を行使して、与党に不信任が下されることを願っている。
末っ子は、断続的な浅い眠りを繰り返し、起きるたびに少しずつ水分を摂らせながら、昨日はずっとそばで過ごした。
今朝起きたら、目に力が戻っていて、熱も下がっていてほっとした。
明日は元気に登園できるといいなあ。