ふぁーやっとゴールデンウィークが終わったーー。
暴れん坊の幼児のいる家はいつにも増してハードな日々、それが大型連休・・・。
どこへ行っても人がわらわら、何をしても特別料金のGWには、我が家は好んで遠出をしないと決めているゆえ、いつも通りの週末ルーティーンを淡々となぞる日々だった。
最近、とうとう末っ子は昼寝をしなくなったので、午前/午後で夫婦で手分けして遊ばせるチームプレー方式になっている。
大抵、午前中は夫氏が末っ子を引率して、某神社の境内へとかげの捕獲に行くか、公園に行く。


その間に私は昼ごはんの支度や家事をしておき、昼に帰宅してみんなでご飯。
ひと休みしたら、今度は私が末っ子を引率して、公園か、海に潮干狩りか、図書館か、モールのおもちゃ屋さんなどに行く。
大潮で干潮の時間が重なれば、私は自分がアーシングしつつ、潮干狩りやビーチコーミングを楽しみたいので、なんとか海に誘導したい。
初夏の海岸の空気感が大好きだ。


そういえば、一日だけ自転車で江の島のタイドプールにカニ釣りに行った。(混んでた)
それと、こどもの日に友だちファミリーと海BBQ。
砂浜を転げ回る子どもたちを眺めながら、親たちは「連休長いよね」「連休って・・・いらなくない?」などとビールを飲みつつ言い合っていた。
連休最終日は一日雨で、夕方から温泉に行き、湯船にのぼせそうになりながら娘氏の話を聞いた。
4歳の元気いっぱいの男の子と過ごす連休は、なんだかんだ言って楽しかった。
不精な私たちは、小さい子がいないと億劫がってなかなか自然の中になんて行かないから、末っ子のおかげでアクティブに過ごさせてもらってる。
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さっきも児童発達支援センターの担当の方と電話していたのだが、このところ末っ子の療育の手続きを役所や専門機関との間で進めている。
昨年発達検査を受けて、いわゆるボーダーという判定を受けた末っ子は、いろんな分野で発育の遅れがあるらしい。
自分としては、末っ子という人にすっかり慣れているし、これくらい子どもあるあるなんじゃないのーと楽観的に思っているのだけど、夫氏は違うって言う。
保育園の先生にも子どもセンターに相談することを勧められ、市内巡回の臨床専門家相談をお願いしたいのだけどいいでしょうか、と遠慮がちに許可を求められる。
だから、やっぱり一般的な子どもよりは大変なのだろうかと思うし、なにより先生方にご迷惑をかけてそうで恐縮する。
でも、療育を受けること自体に特に抵抗はなく、周囲に促されるまま手続きを進めている。
自分の子育てが不十分と分かっているし、子どもは親以外にもいろんな大人と関わりを持ち、出来るだけたくさんの人に育ててもらうのが一番だと思っているから、むしろありがたいことだなと思っている。
それにしても、発達支援といってもいろんな施設があり、それぞれに異なるプログラムや考え方がある。
子どもセンターの担当者に紹介されて、いくつかの発達支援教室とやりとりをしたが、合う合わないは正直あると思った。
企業が母体の施設の「一般社会にキャッチアップできるように」「この先小学校で困らないように」支援しますというスタンスが、私はどうも好きになれない。
いずれにしても、混んでて空きがないということで、ご縁がなかった。
で、以前から個人的に知っていた地元の社会福祉法人の児童発達支援部門に、子どもセンターの了解を得て自分で問い合わせ、しばらく前に見学に行ってきた。
予想通り、ここならいいな!と思える場所だった。
建物に流れている「気」がいいし、子どもたちがオープンでてらいがなく、のびのびしている。
見学の後、職員さんがこんなことを言っていた。
「私たちはなんのために療育をするのか。それは、生きてるとつらいことや大変なことはいっぱいありますが、子どもたちが自分のことを好きだと思って生きていってもらえるようになるためです。そういう方針に基づいてやっています」
その時は、ああ良いことを言うなあ大事なことだなあと思いながらも、「自分を好きになる」という言葉が抽象的できれいすぎて、理念ぽいお話をされてるんだろうなと思って聞いていた。
けれど、その後も療育に関していろんな人たちとやりとりをしたり、「『心のない人』はどうやって人の心を理解しているか」横道誠著)を読みながら自分自身のことを省みたり、職場で強度のADHD気質の同僚と関わるなどする中で、あれは漠然とした理念やきれいごとなんかではないんだということが、だんだんと腑に落ちてきた。
「子供が自分のことを好きと思える」ということは、児童発達支援においてそれに尽きると言っていいほど、重要で実際的な解なのだ。
自分自身を振り返ってみたら、簡単に分かることだった。
発達障害の何がつらく大変だったかって、自分自身が有する症状自体ではなかった。
私にとってつらく大変だったことは、否定や体罰や嘲笑や無視や仲間外れといった「私が悪い/だめなせいによる」親や周囲の人々とのさまざまな軋轢や傷つきを、私がどうすることもできないことだった。
小学校の頃は毎日のように忘れ物をしていたし、出かければ迷子になったし、過集中で隣で話す人の声が聞こえなくなったし、片付けられなかったし、大人を怒らせるようなことを言う子供だった。
だから、親や教師をはじめとした周囲の人たちから、怠惰、努力が足りない、自己中心的で思いやりがない、不真面目、だらしない、忘れっぽい、生意気など、子供の頃からたくさん叱られ、怒鳴られ、責められてきた。
もちろんその通りだったのだろうと思う。
扱いにくい子で申し訳なかったとも思う。
ただ、私のそうした気質は、少なくとも悪意や傲慢から発せられたものではなかった。
やる気がなかったり、反抗していたのではなかったのだし、皆と同じように努力しても簡単にできる人とどうしてもできない人がいるということを、理解してもらいたかったなと思う。
症状自体は成長するに従ってだんだんとましになった。
それでも成長しても私はますます生きづらかったし、人や世界が分からず、不信を抱いて人とうまく接することができず、失望や怒りを抱えて、混乱していた。
なぜなら、その後も私は自己否定している人として、人生でいろんな人と関わり、選択を重ねてきたからだ。
子供の頃、他の子供たちに比べて明らかに激しく、多く怒られてしまう自分が恥ずかしく情けなく、自分は性格が悪いしたちが悪い人間だからなのだとずっと思ってきた。
「そういう者として」私は人と喋ったり、働いたり、友達や彼氏を作ったり別れたりしてきた。
つまり、自分の発達障害的傾向それ自体によってのみ私は生き難かったのではなく、むしろ心の傷と自己否定という二次的要素ゆえに生き難い人生になったと感じる。
幼い時期に心に自己否定を刻み込んでしまうことによって、悪循環的にハードモードの人生になっていくということはあると思う。
だから、発達障害の子供が幼い子供の時期に、発達特性に対して理解のある大人と関わり、特性に応じた工夫や適切な自己認識を得られたら、その後の人生を生きる大変さはだいぶ変わってくるのではないかと思う。
子供の自己否定という将来に禍根を残す傷つきをなるべく回避するように周囲が励まし、手を差し伸べる。
あくまで私の個人的な考えだけれど、それが発達障害の子供に対する療育の本質的な意義なんじゃないかと思う。
だから「自分を好きと思えるために」と職員さんは言ったのだ。
そして、支援を受けるに当たって、親の私たちが末っ子の何にどれくらい困っているかをかなり詳しく聞き取りされたのは、親や周囲の大人が困って子どもにうまく対処できていないと、その大人たちは子供に対して加害的な存在になってしまう、そういう存在から子供を守ることは療育の必要性にまさに直結しているからだと思う。
そういえば見学時、親が発達障害について学ぶ教室をやっているのも見かけた。
いったい、障害ってなんなんだろう?
障害は、「普通じゃない」とイコールではない。
普通じゃなくても、周囲の人たちにとって面倒でも厄介でもないことは、「才能」と呼ばれたりもする。
とりわけ発達障害は、「一般的な社会とうまく折り合えない特性」という側面が強くある。
なんとか治さねば、と深く悩んでいるその特性は、今の社会にとって不都合なだけかもしれない。
今回、末っ子が支援につながって良かったなあと思う。
自分の住む街に素晴らしい考え方の福祉法人があって良かった。
あらゆる弱者を包摂するこの福祉法人は、この町の心強いインフラだと前々から思っていたので、直接ご縁がつながって嬉しい。
今は発達障害に対する意識もかなり変わってきているし、少子化ゆえか色々手厚いなと感じる。
末っ子と似た発達特性を持つ上の息子は、なんの支援も受けないままやぶれかぶれで育て上げたが、なんとかひとり異国で頑張っているようだし、ガールフレンドもできたようで、ま、どっちにしても結果オーライだとは思っている。自分自身も含め。
当事者も、当事者でなくても、知ること、理解することは、とっても大事。
偏見や差別の心を減らしてくれるから。
より優しい心で生きられるから。
末っ子を通して、これから発達障害のことをもっともっと知っていくのが楽しみだ。