今日は暑い一日で、汗をかいてよく働いた。
職場でまたちょっとしたいざこざが起こっていて、一緒に働く人の機嫌の悪いのに内心閉口しつつ、振り払うようにできるだけ声を出して笑って、無心に身体を動かした。
それでも人の悪意は、目に見えない澱のように胸の内に溜まり、心のもやもやはなかなか晴れなかった。
人間のつくる社会は不完全だし、人間は愛らしくて、つくづくしょうもない。
それでもその不完全さやしょうもなさと共に生きていくしかない。
家に帰ってチューハイを飲んで、夕飯は農園でもらった野菜や鶏肉をどんどん揚げながらもりもりと食べ、夫氏と一昨日亡くなったことを知った岸田秀さんについて話すなどしたら、少しだけましな気分になった。
何の教養もなかった大学生の頃にメンターでもある友に手渡された「ものぐさ精神分析」は、その後の人生の私のものの見方を根本的に変えたと思う。
私にとって、「考える人生」の入り口になった書。
本棚から黄ばんだ文庫本を取り出して読み返し、その影響を深さを再確認している。
気持ちが塞いでいるのは、もちろん職場のことだけじゃない。
というか、「せめて職場くらいはしょうもないことを言ったりしたりすんなよー」という気持ち。
2月に自民党が大勝してからの3ヶ月間のすさまじい政治状況に、毎日新鮮に絶句し続けている。
日替わりでひどいニュースが降ってくる。
2月の衆院選で大敗したために、今野党の議席がほとんどなく、与党(自民党、維新)は目を剥くような愚策を異様なスピード感で思うがままに決めていっている。
たった3ヶ月の間に、第二次大戦の死者たちの屍の上に先人たちが作った戦後日本社会の仕組みを、政治家たちが(与党も野党も)目の前で根こそぎなぎ倒すようにして壊していくさまを、呆然と見ている。
もう何から考えればいいかも分からない、何も書けない、もう考えたくない、という気持ちだった。
第二次安倍内閣以降、折に触れて政治についての考えや、その時々に起こっていることの意味を書きながら考えることをしてきたけれど、今の深刻さと異常さは、これまでとは度合いが違うと言い切れる。
いまや、この国に暮らす人々をもっとも愚弄し、苦しめている存在は国会議員たちだと思う。
国が悪の組織すぎてつらい(岸本佐知子)
メディアは、今政治の世界で何が進行しているのか、政府が何をどのように変えようとしているのか、その経過や背景をますます報じなくなっている。
全てが決まってしまった後に、形式的な事後報告の形で、絶句するような内容のニュースを流すのが常になっている。
今の新聞やテレビも異様だ。
メディアって、普段正義の味方づらをしているのに、こんなにもあっさりと、戦前と同じことをする存在になってしまえるのだな、と思いながら見ている。
こうしたメディアのありようも、この国が今「戦前」にあることを教えてくれている。
それでも、こんな異常な情報環境に慣れてしまっていいわけがないし、この期に及んで政治に無関心でいるのはあまりに危険なことだと私は思うから、時折水面から顔を出してぷはっと息継ぎするように、息抜きしつつ、なんとか踏みとどまって考え続けたいと思っている。
自分の頭を整理するために、この3ヶ月に続々と決められていった主な政策を知りたいと思ってネットに訊いてみたのだけれど、すごかった。
自民党や高市個人のサイトなど、政権側による「実績」を述べるページだけがずらずらと続き、GoogleのAIによる概説も、権力にとって都合のいいことしか書かれていなくて、びっくりした。
「公に与えられる情報」を見ていたのでは、今、何が起こっているのかが全く分からなくなっていることを実感した。
ちなみに、GoogleのAIが解説した、高市政権の取り組み。
1. 迅速な物価高対策と国民負担の軽減
2. 「強い経済」の実現と経済安全保障の強化
3. 外交・安全保障と食料・エネルギー安定供給
自民党のホームページの内容とほぼ同じ。
この3ヶ月に起こったこと、進められてきた実際の政策は、こういうものだったはずだ。
・殺傷能力のある武器を輸出売買ができるよう法改悪(五類撤廃)、
・台湾有事発言。失言によって中国との関係を急速に悪化させて謝罪・撤回せず
・軍事費の飛躍的かつ前倒しの増額
・国民への防衛増税
・「国家情報局」「スパイ防止法」「国旗損壊罪」など個人情報を国家が吸い上げ、自由な表現や思想を処罰できる国民監視の法整備
・高額療養費制度の解体
・医療制度、介護制度、年金制度、生活保護制度をはじめとしたと社会保障制度、福祉制度の個人負担増と受給額の切り下げ
・イランとの外交をせず、あらゆる分野での欠品、工事の中断など国内産業に悪影響を引き起こす
・正しく危機管理した企業を政府が「売名」と非難
・外国人差別的な法案、外国人経営の料理店の閉店、帰国が相次ぎ、経営管理ビザの新規申込みは96%減
・比例代表のみ国会議員定数削減
・米パランティアと契約し、個人情報を国や企業が個人への承諾なしに自由に利活用できるように法改悪
他にも抜けている法案は色々あると思うけれど、思い出せるものを書いてみた。
その上で「時は来た」と、改憲発議に乗り出しているのが、今だ。
最近の調査では、改憲を優先課題と考える人はわずか1%だったので、高市氏の言う「時」とは、「数の力であらゆる物事を強行採決できる時」という意味。
与党が改憲によって最も手に入れたいものは、緊急事態条項(国会維持機能条項)。
「緊急事態条項」とは、権力者の自己判断で政府に権限を集中させて、正当な手続きなく立法することを可能にし、選挙も停止し、何をしても安心して国会議員の椅子に座り続けることを可能にするための仕組み。
この一点だけ取っても、自民党が政権を担う資格はないと思う。
国会の憲法審査会のやりとりを一度でも見れば、これがどんなに正当性を欠いた、醜い欲望むき出しの主張かが普通に分かる。
日本はすでに世界で最も税負担率の高い国であり、さらにここ数年、日本は毎年最高税収を更新し続けている。
それなのに、国はステルス的な増税を更に繰り返し、国民生活への還元は減額と自己負担増を繰り返し、税金の大部分は、軍事や大企業の利益や国会議員自身のために注ぎ込まれていく。
だから、どれだけ納税しても、私たちの暮らしは全く楽にはなっていかない。
残念だけれど、これが我々が今置かれている現実的な状況だ。
「迅速な物価高対策」も、「国民負担の軽減」も、ほんの言い訳程度に過ぎない。
軍事と権力のために使われる額とは桁が違う。比較にもならない。
国会議員は、搾取や監視の枠組みから自分たちだけを都合良く外していることも、もっと広く知られなければならないことだと思う。
現在、日本の国会議員報酬は各種手当を含めると4000万円を超え、世界中の議員で最も高収入。
当然、国民年収との差も世界一。
そして、国会議員が受け取る金の半分は非課税で、残りの半分も自身の政治団体に大部分を「寄付をする」という形で非課税化できる仕組みを作っているので、納税していない国会議員は珍しくない、というか、自民党や維新なんて大半がそうではないかと思う。
更に、政党助成金や企業献金を受ける与党議員の一人当たりの年収は8000万円を超えるとも言われている。
政治家は、政治団体を引き継ぐことで、相続税も払わないで済む仕組みを作っている。
国民は、年収の半分以上を納税し、相続税も最高で55%も収めているというのに。
また、スパイ防止法の対象から、国会議員は除外されている。
つまり、国民は監視しても、国会議員は監視されることはない。
高額療養費制度が壊されることによる医療費の負担増も、国会議員には全く影響がない。
なぜなら、国会議員とその秘書は「国会議員秘書健康保険組合」という専用の健康保険組合に入っていて、どれだけ高額な医療を受けても支払いの上限は2万円だからだ。
そして、国会議員ための健康保険の財源の半分は、国民の税金でまかなわれている。
これほどの特権を持っていても尚、裏金を作り、国民健康保険を払いたくないがために脱法的なズルをしているのが今の与党議員たち。
脱税をしたり、法律違反を犯している者たちが、検察の無為によってまともに裁かれることなく、国民に対してはぎりぎりまで増税し、社会福祉を切り下げたり廃止したりし続けている。
権力者にさらに絶対的な権限を与えて、人々の抗議や非難を封じるために、国民を監視し、国民の人権侵害を法的に可能にする憲法に変えようとしている。
そして、自分は絶対に戦争に行かない者たちが、アメリカや大企業のために、日本を戦争できる国にするための仕組みを作り続けている。
それが、「この3ヶ月の間にこの国で起こっていること」のはずだ。
なんてしんどく、認めがい事実だろう。
書いていてつくづく嫌気がさしたー。はーしんどー。
一人ひとりの政治への無関心の果てに、国会議員がこれほど増長し、国民一人ひとりの首を絞めるフェーズに入っている。
安心して暮らせるためのセーフティネットが急速に壊され、自由に思っていることが言えない社会にどんどん向かっている。
だから、釈迦に説法だとは思いながら、不可視化されている事実をあらためてずらずらと並べ置いてみた。
「思い」や「意図」はいくらでも嘘がつけるが、「事実」は否定しようがないからだ。
あるものはあるし、起こっていることは起こっている。
ゆらゆらぐらぐらしながらでも、どんなかぼそい声でも、自分が本当に大事だと思うことを言語化することは無意味ではなく、目に見えないかたちで世界に波及していくと信じている。
そして、こういうことを書ける自由がいよいよ失われようとしている、そのことを今ひしひしと実感している。
2004年に作られた、この7分の短いアニメーションが描く世界に、2026年の日本がこれほど近接していることに、心から怯えてる