みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

井戸の底に降りていく

暖かく晴れた日曜日。

桜はニ分咲きといったところ。

保育園で同じクラスのお友達のお母さんが海浜公園に誘ってくれていたので、末っ子は前の晩からうきうきだった。

朝目覚めた時も、ベッドからがばと起き上がるなり「ね、ぼくきょうどこいくの?」とにこにこして訊いてきたくらい。

一晩中ずっと楽しみなまま寝て起きて幸せだねえ、ふふ。

 

私自身は、2月からしつこい咳が続き、身体のどこかが常に痛く、気持ちも冴えない日々だ。鬱期と半ばあきらめている。

太陽が降り注ぐ春の公園で、特に親しいわけではない保育園のお母さんたちと、ちょこまか動き回る子どもたちを見守りながら笑顔で雑談できるような気力は、今の自分にはとてもなく。

でも、あんなに喜んでる末っ子のためにスイッチ入れてがんばんなきゃ(泣)と思っていたら、朝ご飯を食べながら夫氏が、今日は自分が引率するから大丈夫だよー、と言ってくれた。

一拍おいて、いやいや私が行くよ、と返すも、最初から自分が行くつもりだったから、と当たり前みたいに言った。

私はもぞもぞ小声で、じゃあありがと、と言った。

安心してどっとゆるみ、こんなことにこんなにもほっとしてしまうだめな自分が情けなくてちょっと泣けた。

 

こういう時の夫氏のただ簡潔にきっぱり引き受ける感じは、私が病気の時の対応だ。

そっか今の私って病人に近い感じなのか。

元気のない時ほど人に頼れないことも含めて分かってくれていて、何も言わずに負荷を分け持ってくれる人がいつも隣にいることは、なんてありがたいことなんだろ。

私も微力ながらできる限り支えたい、といつも思っている。


数日前から久しぶりに「ねじまき鳥クロニクル」を読み返している。

感情が動かず、暗いトンネルの中にいるみたいな停滞が続き、自力ではそこから抜けられそうもないような行き詰まりを感じた時、私はいつも「ねじまき鳥」を読み返してきた。

今ではこの作品は、私をかたちづくる作品のひとつ。

流れに逆らうことなく、上に行くべきは上に行き、下に行くべきは下に行く。

上に行くべきときには、いちばん高い塔をみつけてそのてっぺんに登ればよろしい。

下に行くべきときには、いちばん深い井戸をみつけてその底に下りればよろしい。

流れのないときには、じっとしておればよろしい。

(「ねじまき鳥クロニクル第一部泥棒かささぎ編」p.97〜98)

この長い物語を読むことは、井戸の底に降りて、独りで膝を抱えて座り込んでいるような時間を過ごすことに似ている。

無心に物語を追い、不条理や不可解もただかたまりで受け取る。

私はいろんな物事に対して分かろうとする悪いくせがあるが、いくつかの村上作品に対しては、全然分かろうと思わない。

それは私にとって特別で大事なことだ。

 

孤独で、非情で、理不尽で、とても淋しいこの物語は、分かりやすく人を前向きにしたり、救ったりはしない。

でも確かにこの作品でしか憩えない何かがある。

この物語のもつ何かが、自分の心の深いところにある領域にそっとさわると、ようやく深く息をつけるような心持ちがする。

読み終わった後も依然として落ち込みは続くし、なかなか現実世界に戻ってこられなくて日常生活的には何かと不便だ。

でも、忘れた頃になってふと気付く。

自分が少し生き直し始めていることに。

 

このふた月くらいは、失語症みたいな日々だった。

個人的な状況のあれこれがあり、それに追い討ちをかけるような世界で起こっていることの酷さに、全然適応できないまま、引きずられるみたいにして暮らしている。

私はいろんなことを理解するのが遅いから、ぽかんと口を開けてただ見ているしかなく。

でも、どんなに鈍くても、今目の前で起こり続けていることがどれだけ異常でむごく、道理を欠いたことかくらいは分かる。

言葉を失ったまま、いろいろなことに傷つき、悲しみ、深く怒っている。

その反動みたいに、美しいものや優しいものに接すると、すぐ涙が出てくる。

涙もろく、感じやすくなっている。


「失われた30年」を経て、私たちがこれからいよいよ抜き差しならぬ不遇の時代に入っていくことを、今漠然と感じている。

戦後に生まれ、当たり前のように平和と、民主主義と、自由を享受してきた。

2000年代以降は下降の一途を辿りながらも、ほとんどの人が一定の人権を守られ、機会を与えられ、豊かさと選択肢を行使してきた。

戦後の日本社会に生まれ育つということは、人類の歴史から見ても、それなりに恵まれた幸運な部類だったと言えると思う。

 

私たちがこれまで享受してきた戦後のこの国の仕組みは、「敗戦と310万人の戦死者」という究極の悲劇的な状況と引き換えに手に入れたものだった。

日本国憲法は、デモクラシーにおけるひとつの理想形であり到達点といえる極めてすぐれた憲法だと思う。

人権とは何かを知らず、近代史の基本的な知識なく、政治にも社会にも興味が薄い人たちが多数を占める私たちの社会にはでき過ぎた憲法と言えるかもしれない。

そもそも、意義や意味がよく分からない、よく知らないものを守ったり闘ったりすることは、可能なのだろうか。

 

公共の福祉に基づいて一定の公平性が担保された戦後日本の社会システムは、自民党政治によって絶えず切り崩され続けてきたが、戦後80年が経ち、戦争を直に体験した人たちのほとんどがこの世から去ると同時に、雪崩を打つような崩壊を始めた。

「戦後」というボーナスタイムは、とうとう終わろうとしている。

 

もちろん、社会がどうあれ個人は幸せに生きられるし、私も自分なりの幸せを生きたいと思う。

けれど多分、これまで我々が目をそむけてきた自己欺瞞に真っ直ぐ向き合い、一旦ちゃんと絶望して、その上でまた立ち上がり、できることを粛々とやっていくしかないんじゃないか。

あくまで個人的な考えだけど、今、そんな風に感じている。


半年前には、日本が戦争に巻き込まれるかもしれないなんて、さすがに夢にも思わなかったな。

「平和」って、その中にいる時はいかにも退屈なきれいごとみたいで、ありがたみも薄いものだ。

でも今、突然突きつけられるような不安を感じて辺りを見回したら、夢中で遊んでいるうちにすっかり日が暮れて、もうほとんど何も見えなくなった公園の真ん中に一人立ちすくんでいるみたいな寄る辺なさだ。

いつも空気のようにそこここにあったはずの「平和」は、いつの間にかどこにも見えなくなっている。

 

 

まだしばらくは井戸の底でじっと考えながら、自分の中に言葉が戻ってくるのを待とうと思う。