件のBBCのドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」の主旨は、ジャニー喜多川が本当に子供を性虐待していたのかどうか、ではない。
それは自明のこととしてその上で、記者の関心は一貫している。
この「公然の秘密」について、被害者をはじめとした私たち日本人の受け止めが、一定の人権意識をベースとする国の人にとっては、いかに奇妙で理解に苦しむものであったかということだ。
そしてその私たちの人権感覚こそが、この犯罪がこれほど長きにわたって野放しになってきた主たる理由だと、記者は言っている。
この国には、まともな人権・権利教育や、性教育が存在していない。その悪しき「成果」がこの映像で突きつけられているさまが、とても痛々しい。
平本淳也氏(元ジュニア、当事者会代表):ジャニーさんはそういういわゆるひとつのクセを持った方であることは確かです。子供たちに対して必要以上の可愛がり方をしたのも確かです。体を撫で回される、いじられる、男の子の大事なところをぐりぐりされるみたいなね(笑い)
基本は小・中学生で未経験な子達が多かったっていうところ。
「初体験はジャニーさん」だって今でも笑い話で言うくらいで。
僕はそこまでやられてないんで。ただマッサージしてもらったレベルのほんの少し延長。本当にファミリーな。
もちろん親は全然知ってる事実ですから。
けどジャニーズ事務所に入れたい。
親は「ジャニーさんにお尻くらいは提供しなさい!」みたいな。
周知の事実なんですよ。ジャニーさんがホモセクシュアルだ少年愛だ、知ってるんですけど、それをノーとしない。
記者:それが一線を超えたこと、実際の犯罪行為の領域にあるということは分かりますか?
平本氏:本当にジャニーさんが犯罪者であり、犯罪的行為を行っていると言ったら、当然支援も受けられなかっただろうし、(自分も支援を)受け入れられなかっただろうし。
それを受け入れたのはこの日本なんですよ。トップ企業にのし上げたのは日本なんですよ。日本そのものだと思います。
(英BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」より引用)
リュウ氏(元ジュニア):社長がタレントにマッサージするとかは、僕は違うって思っていて、「逆ならいいよ」って僕は言ったんですね。
記者:従業員がボスをマッサージすることも、その逆もはっきり一線を超えた行為だと僕なら言います。
(中略)
リュウ氏:そういう話はもちろん僕も聞いていて、「ああついに僕の番が来たか」って感じで、ただもうそろそろ度を越えそうだなって思ったんで、「もうこれ以上はダメだよ」って言うことを、僕ははっきりその時に言うことができたんで。「ああ、ごめんねごめんね」って、ジャニーさんは別の部屋に行ったんですけど
記者:何歳の時のことですか?その時相手は?
リュウ氏:16歳です。ジャニーさんはまあ・・・70いくつかじゃないですかね多分。
記者:どうしてあなたはジャニー氏が間違っていると言いたくなさそうなのか?
リュウ氏:やってることの良し悪しで言えば絶対悪いことなんですけど、とりあえず簡単に言えば、ジャニーさんのことが嫌いじゃない。むしろ好きなんで、僕は。今でも大好きですよ。
記者:申し訳ない、どうしても頭が追いつかない、理解できない
リュウ氏:本当にジャニーさんはすごい素晴らしい人で、僕もすごいお世話になって、すごい愛を持って接してもらえたって今でも思ってて。
僕にとってはそこまで大きな問題じゃないんで、多分こうやって笑って喋れてるのかなって言うところありますね。
街の人、中年女性:そういう噂は聞いていたけれど、彼がもう亡くなってしまった今、私自身はその話にはあまり触れたくない
街の人、若者男性:今の日本でLGBTQってなかなか認知されていないのが現状で、僕自身もゲイなんですけど。
ジャニー喜多川さんが功績を残してきた時代の日本において、LGBTとかの言葉がまだない頃に、アイドルを育成していく上でかなりマイナスのイメージになったかもしれないので
記者:誰かの性的指向と、子供とセックスをするということは、全く別の話です。
街の人、若者男性:これはそんなに表立って追求するべき内容ではないのかなあって。
記者:ジャニー氏は少年たちを虐待し、未成年の少年たちとセックスをしていた。そのことをあなたはどう受け止めますか?
レン氏(元ジュニア):受け入れちゃってる時点で、「これがあれば売れる」とかやっぱりちょっとあると思うんで、なんかそこはどっちも責めれんかなと僕は思います。
記者:あなたはそういう誘いがあったら受け入れるのですか?
レン氏:正直、有名になるのが僕の一番の夢なんで、受け入れるとは思います。
記者:正直頭がついていかないのですが、今23歳のあなたにそういう話が持ちかけられたら、ジャニー喜多川の求めに応じたということですか?そうすれば成功して有名になれるなら?
レン氏:受け入れると思いますね。
記者:(この国では)どうしたら正義を実現できるのか、そのための会話すら始まっていません。
何十年にもわたる、下手すると数百人に影響した内容なのに、あの広報担当は「言うことは全て言ったから、あとは正式なやりとりだけにしてください」と言う。
実際の問題に全く向き合う気はないのか。
実際にここに立派な大きな建物があって、玄関にはジャニー喜多川の肖像画があって、一族で経営をしていて。
だったら、説明責任を果たさないと。それが仕事の一部、当たり前のことでしょう。
でも、彼らは気にもしていない。ただひたすらにみっともない。
記者:人目のあるところで、これほどの虐待が続いた。今もジャニーズ事務所は存続していて、ジャニー氏の名前を冠している。そして、長年の性搾取について、事務所は意味ある形の対応をこれまで全くしていない。
なぜそれが可能か?
それは日本社会の大多数が見て見ぬ振りをしているからです。
番組を制作するにあたり、警察、芸能記者、音楽プロデューサー、マスコミ各社にコンタクトしたが、全てに断られた。
彼が虐待した少年たちは、成人し、自分がされたことに向き合わなければならない。
子供は、守られなくてはならない。
しかしこの問題について誰も責任を問われず、問題の認識すらできていません。
それこそが何よりも恥ずべきことです。
大昔から、世界中に小児性愛者は存在してきた。
現にBBCがこの問題を取り上げたのも、BBCの司会者で国民的スターだったジミー・サビルが、40年間以上少年少女へ性加害を続けていたという事件が背景にある。
だから、このような被害があってはならないひどいことだと加害者を糾弾するとか、本当にあったのかなかったのか検証するとかは、何の根本解決にも繋がらない。
そうではなくて、このドキュメンタリーが問うているのは、2023年3月時点で、ジャニー喜多川による性犯罪を、このように認識し、対処しているという、私たちの社会のあり方だ。
人権や性についてほとんど何も学ばないとはどういうことか。
それは、人権や性に関する事象について、それが一体何であるかという言葉を持たないということだ。
言葉がないと、それが何であるか、自分が何をされたのかを論理的に理解することができない。
元ジュニアの被害者の方々は、ペドフィリアについてや、性加害者の典型的行動であるグルーミングを知識として全く認識していなかった。
インタビューを受けた他のほとんどの人(1990年代に事件を告発した文春の記者以外)も同程度の認識に見受けられた。
映像を見てやはり愕然としたし、やるせなかったけれど、認識がないのは愚かとか勉強不足とかとは違う。
これまで知る機会を得られなかった、あるいはその機会を塞がれてきたために、まだ知らないということだ。
第二次世界大戦後、一旦は理想的な民主主義に舵を切ったものの、1960年代の激しい安保闘争、学生運動を経験して、政府は国民が無知で愚かである方がどれだけ統治が容易いかを思い知った。
だから、人権も権利もできるだけ教えたくなかった。
家父長制の維持のためには、女性の自立につながるグローバルスタンダードな性教育もできるだけ教えたくなかった。
その方向で教育行政は長年かけて作り込まれてきた。
特にこの20年、とりわけ安倍政権以降は教育への政治介入は激しさを増し、教科書は事実上、政治の検閲を受けてきた。
私たちは、人権や権利や性について、正しく知るという機会を政治によってこれほど奪われてきたのだいうことを、この事件をきっかけに今こそ自覚する時なのだと思う。
この国の今ある状況は、意図的な政治判断の果実。
それから半年が経った。
BBCは6月に、公共性を鑑みてYouTubeに日本語字幕入りの全編を無料公開し、ようやく地上波のニュース番組がまともに取り上げ、国連の査察が入り、第三者委員会が具体的な犯罪内容について言及し、ついに事務所が犯罪の事実を公式に認めて謝罪するところまできた。
今はいろんな場所で多様な意見が飛び交い、かなりのスピードで認識のアップデートが進んでいる最中にある。
1年後くらいにこのドキュメンタリーを見たら、多くの人が「(犯罪に対するこのような受け止めが)まじあり得ない」と当たり前のように感じるようになっているんだろう、そうであってほしいと思う。
同時に、このドラスティックな意識の変化の中で、これまで忘れたり、ふんわりやり過ごしてきたことが、行為の意味に向き合い、理解することで、苦しみが増す被害者も中にはおられると思う。
子供の時に守られなかった彼らは、今度こそはしっかりケアされなければならないと思う。