みずうみ2023

暮らしの中で出会った言葉や考えの記録

「ハートストッパー」

Heartstopper - Rotten Tomatoes

2022年〜イギリス/原題:HEARTSTOPPER /原作・脚本:アリス・オズマン/監督:ユーロス・リン/2シーズン16エピソード各話約30分

 

娘氏が可愛いオバケみたいなゆるキャラぽいイラストの見慣れないTシャツを着ていた。

かわいいと褒めたら、そのオバケが片手にもっているのはクィアの旗、反対の手にもっているのはアナキストの旗だよん、と言う。

そんな彼女にママにもどーしても見てほしい!と熱烈お勧めされたのがこのドラマ。

 

基本は少女マンガ的学園青春もので、若者たちがきゃぴきゃぴチュッチュしている。

いささか気恥ずかしいほど初々しい恋愛模様が溢れているティーン向けのドラマである。

しかし、この作品を貫く大テーマであるLGBTQ+の描き方は特筆すべき素晴らしさだと思った。

 

「この作品見ていてほんとに楽だわー」と娘氏が言うだけあって、配慮的であるとかいうよりはもう、旧来的なジェンダー観を完全に過去のものとしている。

「いつまでもぐじぐじ言ってれば?私たちはこっちの世界へ行くから!」そんな堂々とした軽やかさに、思わずにっこりしてしまう。

リアルな現実と別の世界の物語ということではなく、差別やいじめはあるものとしてきちんと描かれている。

しかし偏見なく寛容な心で青春を楽しみたい十代たちは、互いに連帯し、励まし合い、愛し合い、誰よりも青春を満喫している。

性的マイノリティであることの苦しみや、それゆえの辛い出来事はもちろんあるけど、それらを乗り越えるほどの信頼や友情や希望に包まれて、清々しい笑顔を見せてくれる。

インクルーシブであることは、何と風通し良く、楽ちんであることか。

これに対して彼らを蔑んだり排除したりしようとする者たちが一所懸命こだわっていることのしょうもなさは対照的である。

人としてどっちが美しいありようか、どっちがハッピーか。

いうまでもないこと。

 

この作品の素晴らしい点は、作品に登場するあらゆるLGBTQ+の人々をトラウマベースで描いていないところだと思う。

あえて十字架を背負った人として描かない。

その代わりに子供のセクシャリティの課題を誰もに起こりうることとして受け止め、それぞれの不安や戸惑いも見せながら、LGBTQ+ありきでなく、あくまで人間対人間として我が子に接する等身大の親や家族の姿を、さまざまなバリエーションで見せている。

主人公ニックの母親をなんとオリヴィア・コールマンが演じてるのだが、ニックが母親にカミングアウトするシーンは第1シーズンのハイライト。

多くの当事者が、涙なくしては見られないだろう名シーンだった。

世界よ、もうこれをスタンダードにしていこうよ、と思った。

トランスジェンダーのエルの描き方も好ましかった。

聡明でチャーミングで才能に溢れた素敵な女の子。それ以上でも以下でもない。

プロムにタオが家に誘いに来た時も、エルの父親は「うちの大事な娘になんかしたらタダじゃ済まんからな!」というただの父親そのもので最高だった。

主人公たちの通う学校の先生にも性的マイノリティの人は普通に複数いる。

子供たちのトラブルに際する彼らの態度や言葉も素晴らしかった。

役割でなく、痛みを知る人生の先輩としてのあたたかい眼差し。

 

この作品を見ていると、異性愛と同性愛が並列なのは当たり前でしょ?という気分にしかならない。

その上で、第2シーズンではアイザックという存在を通して、さらにアセクシャルという要素を投入してくる。

そして、スクールカーストをベースとした、いじめや性被害が引き起こすトラウマやPTSDの深刻性にもフォーカスする。

また、「悪気のない」マジョリティの加害性をどう捉えるか。彼らの安易な謝罪やご都合主義に対して、少数者側がきっぱりと明確に断罪するシーンも、すごく重要だと思った。

マジョリティや加害する側は、自分の落ち度を認めて正々堂々謝ることをどこか自分で過大評価し、簡単に楽になれると思っている。

そうして簡単に許されて、忘れて次に行きたいって思っている。

そんなわけあるか。

被害を受けた側は、根に持ってやり返したいのではない。

された側がどれほど取り返しのつかないほどに損なわれ、回復に長い時間を要するのか、彼らは全然理解していないということを描いている。

そんな作り手の声が聞こえてくるような一連のやり取りに深く共感しながら見た。

これらの要素はまだ前振り程度にしか触れられていないので、第3シーズンで本格的に語られることになるのだと思う。楽しみ。

 

原作兼脚本家のアリス・オズマンがアロマンティックアセクシャル当事者であり、それだけにクィアに対する深い理解を随所に感じる。

アロマンティックアセクシャルのクリエイターがこれほど恋愛模様の心の機微を細やかに描いてみせるという事実も、この属性に対する偏見を変えていくことだろう。

 

世界中の若者たちが、キュンキュンしながらこのドラマを見て、同時に「人としてかっこいいとはこういうことさ」というメッセージを自然と受け取っている。

ドラマを楽しみながら適切な知識と配慮を学び、知らぬ間に大幅に人権意識をアップデートさせている。

 

大人たちがどれだけ封建的な価値観を押し付けようとしたところで、これ見た若者たちにしたら、だっさ、クソだっっっっっさ!としかならんだろう。

呪いを解く。そのエンタメの力。