みずうみ2023

暮らしの中で出会った言葉や考えの記録

性暴力についての覚書き⑦(なぜ性暴力はこれほど人を深く損なうのか)

長々書いてきたが、これで最後。

 

【なぜ性暴力は被害者にとって過酷なのか】

性行為は、互いに愛情があるのがもちろん望ましいが、互いの了解が一致していれば(そして必要に応じて正しく避妊していれば)、生き物としてごく自然な、日常的なスキンシップである。

それが、同意がない関係性における性行為は、被害者の人生を台無しにするほどの深刻な被害になる。

一人の女性としてその事実はただただ怖ろしく、これまで、その意味をうまく把握できなかった。

本書では、PTSDとトラウマという切り口から、性暴力がいかに最悪の条件が重なった暴力であるかを明快に説明している。

 

PTSD心的外傷後ストレス障害)とは、トラウマになる圧倒的な出来事(外傷的出来事)を経験した後に始まる、日常生活に支障をきたす強く不快な反応のこと。

衝撃的な出来事から身を守るために、記憶を断片化、脈絡なく散乱、整合性を失う。それが現実への不適応や自己の統合感の不全を生む。

PTSDは異常な状況に対する正常な反応と表現される。

この認識が知られる以前は、多くの性暴力被害者は病気や異常者として社会から排除されてきた。

一般に、戦争や大災害の際に発生することとして認識されているが、PTSDの発症条件は、性被害に非常に当てはまるものである。

 

【性暴力によってPTSDを発症する人はとても多い】

PTSDの発症条件

①体験の時間の長さ

②相手との距離の近さ

③体験の激しさ

 

①の時間について

性暴力は瞬間的な暴力ではなく、長時間にわたる暴力である。

また、人によっては長期的に何度も繰り返される。

性暴力は、多くの場合、トラウマ体験となる(トラウマ:自己処理しきれないほど圧倒的な心の傷。現実回避のために感覚が麻痺したり、現実感を喪失することによって記憶や意識に影響を及ぼす)

奇妙な空白、実感のない時の流れ、想起後の混乱が、性暴力被害の特徴。

 

②の近さについて

家族や親類といった近しい関係性の人からの性加害は、最も安心できて全てを委ねられるはずの人からの加害になるため、基本的な愛着関係の成長が根底から破壊される。

肉体的な近さの面でも、性行為が身体への侵入である点。距離が近いだけでなく、むしろ相手が入ってくる(距離がマイナスになる)ということの恐ろしい影響。

性暴力は近接度の点で他犯罪と大きく異なる。加害者によって自分の身体の境界線を破壊される。相手を否定することが自らの身体を否定することと同義になる。

性被害は、対人関係の距離感を根底から歪ませる原因になる。

 

③の体験の激しさについて

かつてレイプは「辱め」と表現された。夫への貞操という男性中心の価値観で、ギリシャ神話から近代文学までレイプの意味は男性目線によって曲解され続けてきた。

しかしレイプとは、何の心の用意もないまま突然行われる性的侵入によって、意思を持つ人間であることを否定される暴力の経験である。

レイプが死にたいほど辛いのは、「貞操が失われた」などではなく、人間として扱われない暴力にさらされたからだ。

被害を受け入れてしまった自分は異常者だ、性暴力によって自分は汚されたという強烈な自己否定とともに生きなければならない。

 

【被害者、加害者という視点こそがもっとも重要】

性暴力は、社会構造やジェンダー規範によって、被害者が被害を自覚できず「私が全て悪い」という歪んだ認知を持ちやすい。

だからこそ誰が被害者で誰が加害者かというシンプルな視点がとても重要で、自分は、被害者であり、自分には責任がないということを他者から繰り返し伝えられ、自分でも必死に言い聞かせなければ生きていけない。

孤立し、幸せを諦め、永遠に理解されることを断念する過酷な人生をどうして被害者が送らねばならないのだ。

責任は加害者と知りながら放置していた者にある。

性犯罪の加害者被害者の現実はあまりに不平等だ。

加害者処罰こそが全ての第一歩だ。

「情」や「恩」といったものを排除して、加害者と被害者を明確に措定し、一生を左右するような加害を行なったことへの責任を取らせることこそ公平な態度ではないか。

 

【被害者として内外に認められることの価値】

私が全て悪いという残酷で歪んだ認知から自らを解き放つきっかけになる。

被害の自覚は、支えてくれる人の出現によって起きると考えられる。

しかし、その後も長期間の記憶を再構築、再編成するという気の遠くなるような作業が必要になる。

その中で、多くの人が混乱、うつ状態、自殺を図るなどする。

再編成の時間もトラウマに晒される時間と言える。

 

【性被害を自覚したら、どこへ訴えればいいのか?】

現状の医療機関はほとんど無力。症状化しない問題や記憶を扱う場所ではないから。

過去の経験をいささかの疑いも挟まない態度を示すことが相談機関の最大条件。

被害を疑ったり、被害者の感じ方を批判する心理専門家は、思い込みと偏見があるので失格。

性被害の自責感情や長い時間を十分知った上で支援できる専門家。

苦しみを受け止めて、被害を言語化できるよう信じて聞いてくれる相談機関が必要。

「過去は変えられないから前を向いて進め」「受け入れて水に流せ」最後は「ありのままの自分を受け入れる」に落とし込む。これほど鼻持ちならない物言いはなく、そのような語りを伴うものは被害者支援とは呼ばない。

過去が変えられないから、「仇討ち」の合法化の方が納得がいく。復讐を果たす方が説得力を持つ。

被害事実の承認は一つの進歩。自責感からは解放されるが、被害者としての自分を認めざるを得なくなる。

経験を再定義し、経験の「意味」を変える長い道のり。