人生の折り返し地点を過ぎた人にぜひ見てほしい作品。
長いしとても地味だけれど、しみじみと味わい深い。
主人公ミゲルは、何十年かぶりに謎のままに過去に置いてきたある記憶に向き合うことになる。
ひとつずつ人生の棚おろしをしていくように、当時を知る人たちと連絡を取り、会いに行き、言葉を交わす。
古い記憶を共有する人たちとの対話は、今の世の中ではありえないくらいに落ち着いてゆったりとしていて、とても心が休まる。
穏やかな対面での幾つもの会話のシーンが、冗長と言ってよいほどに長く続く。
不思議といつまでも見ていられる心地よさがある。
失われた恋も友情も、今さらどうかしようだなんて思わないくらいに全ては遠く過ぎ去ってしまったし、失われてしまった命もある。
誰かに去られたり、ないがしろにされたりしたことを、裏切りと思い、諦めて、悲しみを振り切って生きてきたけれど、いまいちど勇気をもって手を伸ばし、真実に向き合ってみた時、仕方がなかった事情や自分の勝手な思い込みを知ることになる。
誰も皆、それぞれ必死に生きていただけ。悪意はなかったのだ。
長年の傷が優しく癒されていくが、同時に決して取り戻すことのできない過ぎた時間の重みの前に茫然と立ち尽くす。
それでも、かつて愛した人とふたたび、言葉少なく優しい時間をただ過ごすことは、人生において掛け値なく美しいことのひとつだと映画は教えてくれる。
スペインの少し寂れた明るさをもつ自然が美しく撮られている。
スペインにとても行きたくなった。
なかでもミゲルが住んでいる海が目の前にある小さな集落の中の家は、私にとってのかなり夢の住処に近いものだった。
キャンピングカーを寝床に、敷地には小さな畑があって、大きめの雑種犬を飼っている。
のんびりトマトの世話をしながら、物書きをして、夜になるとお隣さんたちと庭先で集ってお酒を飲みながらゆるゆると喋ったり、ちょっとギターを弾いて歌ったりしているミゲルが羨ましくて仕方なかった。
あー私もこれがしたい、って思った。
この先の人生、できる限り、こんな風な時間を過ごすことができれば本望だよなあ。
フィルム映画へのノスタルジーも切なく描かれていた。
フィルム映画時代の最後をまだ覚えているから、ひとつの文化が早晩避けがたく失われていくのを為すすべなく眺めているのは、なんとも言えず寂しい気持ちがした。
全ては失われていくし、色んなことは仕方がないことばっかりで。
それでも誰もの人生が愛おしいと感じさせてくれた。ありがとうという気持ち。