「脳が壊れた」や「発達系女子とモラハラ男」の鈴木大介さんの新作。
今回も鈴木さんでしかない一冊だと思った。
それは、鈴木さんは何を書いても、犯人探しに終わるのではなくて、結局自分自身を省みることに行き着く、「Man In The Mirror」のひとだという点。
If you wanna make the world a better place,
Take a look at yourself and then make a change.
そして、彼の書くものはいつも予定調和にとどまることがない。今回も、予想外の展開だった。
本作においては、個人的にはちょっと首を傾げたくなるような「理解」もあったけれど、これも最終結論ということではなくて、また時間が経つごとに絶えず変容を続けて行くのだろうなという感触を持ちつつ読んだ。
鈴木さんの本の凄さは、書き手はもちろん、読む者も他人事にさせないところだと思う。
けして正論で追い詰めるというのではなく、でも安全な高みから正しい者のていで眺めることを許さない強い当事者性がある。
今回も「このお父さんは、そして大介さんも、ああ自分だあ〜〜」と時折天を仰ぎ、溜め息つきながら読んだ。
すごく不快で、認めがたい。でももっと知りたいし、ここまで来たら目を逸らすことができない、という感じだった。
人はそれぞれ、複雑な背景や人生の歴史や個別の経験を持つのに、特徴的な「ある特定の要素」をもってして、誰かに簡単に烙印を押す、もうあらかた分かったような気分になって、勝手に仕分けするということを、気付けば自分もやっている。
だからこそ、このような「分断」に私は苦しめられている。
地獄は、自分自身が生み出しているんだということが、苦しいくらいよく分かる本だった。
なるたけ長いものには巻かれず、自分自身で考えて決めている、つもりでも、こんなにも誤認しているし、見たいように見ている。
究極的には、結局誰もが、さまざまな思い込みや歪みから自由になることはできないとも思う。
それでも、所詮負け戦と分かっていても、人は一人では生きられないから、他者とできるだけ和やかに共存していくために、自分自身心穏やかであるために、諦めず挑み続けるしかないのが、人間世界なんだなあ。
本当にめんどくさく、しんどいことだ。
でも、その中であっぷあっぷひたすらにもがいていると、時たま予想もしない形で、人の清潔さや優しさや赦しに心が温められることもある。
故・渡辺京二さんの言葉。
自分が、この世の中で自分でありたい、妄想に支配されたくないという同じ思いの仲間がいる。
それが、小さな国である。
自分が自分でありたいという自分と、同じく自分が自分でありたい人たちで作った仲間が小さな国になっていく。
そういうものをしっかり作るということが、ぼくの思う革命なのさ。
この本を読んで一層、自分が自分であることの大事さを思った。
最近、スマホとの付き合い方もずっと考えながら、あれこれ工夫をしている最中。
自分を何者かに乗っ取られぬよう、しっかり地に足をつけて、三歩進んで二歩下がる〜。