半月農園で働くことができなかったが、ようやく畑での仕事が再開した。
青空の下で葉物野菜の収穫をして、大声でお喋りしながら(同僚が難聴の方なので)野菜のパック詰めをひたすらに。
ずっと咳をし続けていたせいで、喉が枯れて声があまり出ないし、本当はまだじっと家の中で静かにしていたいような体調ではある。
でももうさすがに、だんだんと社会復帰していかないと。
私は体調が優れない中の久々の仕事ということもあって、もこもこの着ぶくれ状態で仕事に臨んだが(ワークマンから出ている「Xシェルター」の防水防寒着は素晴らしく暖かい)、他の皆さんは薄着で頬を赤くして泥だらけでガハハと笑いながら仕事をしている。何とワイルドで格好良いのだろうか。
この農園は、あんまり経歴を問われない仕事であるということもあり、いろんな事情を抱えたいろんな人が働いている。
すさまじい貧乏や、ちょっと意味が分からないような災難といった、にわかに信じがたいような人生の苦労話あるいは武勇伝を、時々作業の合間の雑談話で聞くこともある。
全部笑い飛ばしながら腐らず生きている人の語りには、いつも圧倒されてあいづちさえうまく打てない。
人は一人ひとり全然違う前提のドラマを生きていることを思うばかりだ。
昨日も皆さんあまりに明るく盛り上がっていて、空気を壊さないように一所懸命にこにこして聞いていたが、無理をして明るく振る舞っていたので、後でどっと疲れてしまった。ほ。
それにしても、病気が長引いたことも相まって、10月にあなたのここが悪い、ここがだめ、厨二病ってある人にいろいろ指摘されまくってから、結局この年末まで落ち込んだままきてしまった。
人と関わることでいろんなハレーションは起こるものだし、長年生きてきてそれに対する免疫がないわけではもちろんないけれど、今回私の心は想像以上に傷ついてしまったみたいだ。
ずっと自分を責めていじめるループからなかなか抜けることができず、もがくような日々が続いている。
40代に入ってからは、人と話すということは自分にとってはいつだって新しい風を自分の中に入れてくれるもので、おおむねブレイクスルーのきっかけであった。
もうそういう風に、あんまり大きく間違わないで人と語らうことができるようになった、自分はもうそれくらいには大人になったんだと自分を過信していたと思う。
そんなことはなかった。私はたくさん許してもらってきたのだと思う。
で、油断して弱ったまんま無防備に、そして相手の迷惑も考えずにいろんなことを話し過ぎてしまった。
内容の正しさや相手に良かれと思ってということとは関係なく、自分にとって受けるべきではないダメージもあるのだと思う。
どれほどためになることであろうが、条件が整わないと、ただ損なわれるばっかりになってしまうということが。
自分はいつだって唯一無二の自分の味方として自分を大切にしっかり守るということは、さぼってはいけないと肝に銘じる。
隣にいつもこんなにかわいい小さい人がいて、背中から抱きついて、ふわふわした小さな柔らかい腕を巻きつけて、まま大好きーって言ってくれる。
家族とも気遣い合いながら仲良くやっている方だと思う。
それらに笑顔で応えながら、日常をつつがなくこなしながら、それでもいつもどこか悲しいだなんて、私はきっといまだ、ちょっと鬱なのだろう。
そのうち抜けると信じて踏ん張るのみ。
最近大切にしていることは、直感的に心に浮かんだことを、否定せず、素通りさせず諦めず、自分に対してなるべくその通りに叶えてあげるということ。
本当に小さなこと。
夕飯はピェンロー鍋にしよう、とか、今こそ「サラバ!」を読み返してみよう、とか。
直感は間違わないって信じている。
自分に対しても、誰に対しても、生き生きとした直感を塞がず、励まし背中を押すようにしていきたい。