選挙期間の今くらいはいっちょ我慢してちゃんと見てみよう!と思い立ち、娘氏とあーだこーだ言いながらNHKの党首討論をなんとか最後まで見た。
なかなかの苦行であった。
どうしてある種の政治家の話を聞くと、無性に胸がむかむかするのかなあ。
どうしてまともに聞こうとするほどに、より訳が分からなくなっていくんだろう。
そんなことも考えながら見た。
で、
今の政党党首の何人かが、悪い意味での典型的なポピュリストであることがようく分かった。
彼らは、人々の心の中にある不安や不全感を刺激してネガティブな感情に火を付け、さりげなく分断を煽ろうとする、とても危険な人たち。
彼らの語り方の特徴は、「偽りの敵を設定して語ること」「客観的事実ではない、自分に都合の良い根拠や原因を当然の前提として語ること」にあると思う。
例えば、こういう語り。
日本の少子化はちょっと進みすぎなので、若い女性が早く結婚して子育てに専念できるような環境を作っていかないといけない。
女性にどんどん働いてください、とやりすぎた。
男女平等だから、仕事するのも選べる。
でも、子育てに専念することも在宅ワークも選べる。
子育てをもっとやりたいなと思う人を応援する環境を国が用意すべき。
(参政党・神谷氏)
一見、仕事をしてもいい、子育てしたい人を応援すると言っているだけで、強制していはいない、という留保付きの主張のように見える。
だがそれ以前の、「若い女性の社会進出が進みすぎて結婚出産子育てに専念できていないから少子化になった」という前提自体が歪んでいる。
当たり前のことだが、日本の少子化の原因はひとつではない。
結婚と子育ては夫婦で共にやるものであって、女性だけがやるものでもない。
晩婚・非婚は自らの意思による人が大勢いるし、子育てにお金がかかりすぎること、大学の学費の高騰・奨学金という名の借金、家事育児に女性側の負担が偏って重すぎること、長時間・過重労働・低賃金の職場環境、待機児童をはじめとした子育てインフラの未整備など、いくつもの複合的な要因がある。
神谷氏の主張は、女性の生き方の選択肢を提示しているように見せかけて、実は暗に若い女性だけに少子化の原因を押し付けるものになっている。
または、こういう語り。
現役世代だけに頼った社会保障モデルを昭和30 〜40年代に作ったが、当時高齢者はすごく少なかった。
(医療、介護保険で)一番やらねばならないのは、医療を受ける人の年齢ではなく、経済能力によって負担額が違う仕組みに変えていくこと。
高齢者にも資産をたくさん持っている人がいる。
国民の支払い能力を適正に把握するための政策インフラを、与党も野党も作ってこなかった。
それでいつまでも資産と所得の把握ができません、できませんと言っている。
しょうがないから住民税、所得税という把握しやすい税で支払い能力をはかってきたが、そこを変えないといけない。
75歳以上の後期高齢者の原則1割負担をぜひお願いして2割にして、現役並みの所得と資産を持つ方は3割負担。
これを政治が堂々とやらない限り、若い人の負担を減らすことはできません。
(国民民主・玉木氏)
これ、平然と爽やかに語られていたんだけど、改めて書き起こすと内容の恐ろしさに震える。
つまり彼は「医療・介護保険制度が立ち行かなくなった原因は、国家が国民の財産を把握する体制をぐずぐずしていつまでも作らなかったため」だと言っている。
「資産を隠し持っている高齢者」というスケープゴートをさりげなく設定して、間違った前提に誘導している。
その前提とは、国家が個人を監視・管理することを公然と肯定するきわめて危険な国家観だ。
これって、ジョージ・オーウェル「1984年」のビッグ・ブラザーの目線そのままだ。
「1984年」がいたのは、全体主義国家が完全な監視とプロパガンダを通じて市民を支配するディストピア社会だった。
一人ひとりの自由と尊厳が無視された、最悪の政治体制の社会。
玉木氏ははしなくも、今、国がマイナンバー制度でやろうとしていることを再認識させてくれる。
要するに、マイナンバー制度とは、一人ひとりの国民がどれだけ税を払えるのか、個人の財産に関する情報を国家が握り、国家が勝手に「これが適正」と決めた負担額を、必ず支払わせるための制度である。
玉木氏は、「高齢者への福祉の切り下げを勇気をもってやらない限り、若者の負担は減らない」という偽りの二者択一に意図的に誘導する。
まるで負担増を渋る豊かな高齢者のせいで若者が苦しんでいると言わんばかりだ。
若者を苦しめているのは、医療や介護を必要としている高齢の人たち、ではない。
60兆円もの軍事費や大企業への税優遇などは据え置きにしたまま、国民の福祉分野への税分配をあくまで渋り続け、さらに削り続けるこの国の政治のあり方が、若者だけでなくあらゆる人々を苦しめている。
人々がどれだけ働いても賃金が上がらず、多すぎる税搾取に苦しんでいるのは、ごくストレートに考えて、十分な給料を出していない雇用主や、税金を搾取しすぎている政治のせいだ。
どこにどれだけ存在するかも根拠不明な、裕福な高齢者やゆとりのある専業主婦のせいなんかではない。
当たり前のことだ。
大体、今の日本に特別優遇されている人が、政治や経済界以外に、一体どれほどいるというのだ。
税金や社会保障費は毎年高くなるのに、全ての物価が急激に上がり、医療や福祉サービスは自己責任化していくのだから、世代なんて関係なく、誰もが生活により苦しさを感じていると思う。
でも、玉木氏は、「資産をたくさん持っている高齢者」や「働き控えの専業主婦層」といった漠然とした存在をあえていちいち持ち出して、私たちをだまそうとする。
あたかも限られた枠の中でパイを奪い合っているかのような心理にさせ、人々の「ずるい」という負の感情にこっそりと火をつける。
ほのめかすように「あなたが苦しいのは、裕福な高齢者やゆとりのある専業主婦のせいなんですよ」という歪曲したロジックに誘導する。
繰り返しになるけれど、今、人々を本当に苦しめている最大の原因は、国民から集めた税金を国民のためには使わない政治と、政治家を買収して適正な税金を払うことから免れ、国民の税金と公共財産を私財化している大企業資本家にある。
それ以上でも以下でもない。
それを、意図的に間違った主語で語り、偽りの敵との間の対立構造を生み出し、憎しみや不満を煽ろうとする政治家がいる。
嘆かわしいことだけど、この党首討論の場だけでも何人もいたし、そういう政治家は日本でも世界でも、今、とても増えているような気がする。
一歩間違えばヘイトスピーチみたいな主張を、公の場でリーダーシップを取る立場の人が平然と話している狂った状況に慣れてしまってはいけないんだと思う。
人の負の感情を巧みにすくい上げる言葉をちらつかせる政治家は、例外なく、国民ではなくあくまで利権のために働いている人たち。
そのことを心得ておくべきだと思う。