みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

鳥たち

だいぶ暖かくなり、数日前から早朝に近所を散歩することを再開している。

今朝は嵐の前のような不穏さで、ぞくぞくするような気持ちよさを感じながら歩いた。

空気は生暖かく、風が強く、どこか遠くで金属が擦れ合って軋むような音が聞こえる。風の強い日はこの音がいつも聞こえるのだけど、いまだに原因をつきとめることができない。

いろいろなものが吹き飛ばされたり、倒れたりしているのを見るのも面白い。

雲に覆われた薄暗い空を見上げると、電線にとまる小鳥の黒いシルエット。

少し大きめ、でもひよどりほどではない。多分むくどりだ。

 

昨日は、農園の小屋の周りで切り裂くように飛ぶ2羽のつばめを見た。

何度も頭すれすれの低いところを飛び交う。

つばめは、私が特に好きな小鳥のひとつだから、職場に巣を作ってくれたらとても嬉しいなと思う。

今年もつばめたちが、律儀に南の島から海を渡ってやってきたんだなあ。

そう思うと、季節がちゃんと巡っていることを感じて心が安らぐ。

昨日は七十二侯では「玄鳥至 つばめきたる」。自然は精密。

あんな小さな体で、南シナ海、東シナ海を越えてマレーシアやフィリピンやインドネシアからはるばる飛んでくるなんて、本当にすごいことだ。

渡り鳥たちは、自分たちにとって快適な環境に沿って、空をまたいで旅して生きている。

パスポートも書類もビザも税関もお金も関係ない。

命がけではあるが、体ひとつで、ただ自由に移動していることをうらやましく思う。

人間もそうであれたらいいのにな、と。

 

最近、収穫をしている畑の隣の川沿いの土手で、高価そうな望遠レンズのカメラを三脚に立てたおじいさんたちがじっと寡黙に川面を狙っている。

「何が撮れるんですか」と聞いたら「カワセミだよ」と教えてくれた。

私は今年はまだ目にしていないけど、夏場は水辺で時々カワセミを見ることができる。

深い青色が本当に美しく、小さくてすばしこくて愛らしく、見かけたらいつも心が踊る。

 

水路にはカモがのんびりと浮かび、畑の土手にはキジが歩いている。

オスは孔雀のように華やか。

田んぼにはひょろ長い足の白鷺。

目が痛くなるほどの白さで、軽トラが近づくと、ばっさばっさと大きな羽を広げて優雅に飛び去る。

なんて美しいんだろ、といつもどきどきする。

いずれも、家の近所では見られない鳥たちで、畑で働いてて良かったなあと思う。

 

気づいたら、私は普段から、いつも鳥の声に耳を澄ませているみたいだ。

鳥の声さえ聞こえれば、少し安心することができる。

場所によって、国によって、鳥の声は全く変わるのもおもしろい。

鳥の声に耳を澄ませることは、今ここに自分があることを感じられることだ。