
マンネリを感じて、いつの間にか見るのをやめてしまっていた「クィア・アイ」がシーズン10をもって終了と知って、久々に見た。
最後ということもあって、ファブ5のメンバーもすごく思いを持って臨んでいるように見えたし、いくつかのエピソードは困難なケースで、それを丁寧に解きほぐしていく過程は見応えがあった。
やっぱりこの番組は、人間のいとおしい、素敵な瞬間をいくつも垣間見せてくれる番組だな。
ファイナルシーズンの舞台が、首都ワシントンD .C.であることは象徴的だ。
合衆国が排外主義の独裁者の暴政下にある今だからこそ、ファブ5たちが変わらぬ彼ららしさで愛を広げていることに、とても勇気をもらえた。
こうして改めて振り返ると、彼らがサポートする人たちは、一貫している。
クライアントたちの背景は人によってさまざま違い、それぞれに異なる事情、属性、何かしらの不遇や困難の中にある。
そういう状況の中で、時間や精神的な余裕や、自分を肯定する気持ちを持てなくて、自分を後回しにしたり、ないがしろにしたりしている。
人生の手綱を何者かに明け渡し、自分を無価値と感じながら、ルーティーンに埋没したり、虚になったりして、自責と無力感に浸っている。
ファブ5は、そんな人たちに自分を再発見し、自信を取り戻し、自分を愛せるようになるための手助けをする。
言葉にしてしまうとあまりにも陳腐なのだけど。
それを具体的なてこ入れが、ファブ5たちの持つ5つの要素だ。
言い換えると、この5つの要素をその人なりに満たすことは、人が自分を受け入れ、人生を立て直す大きなきっかけになると言うこともできるだろう。
気分が上がるような髪型とお化粧、自分を丁寧に扱い、いたわるためのスキンケア。(ジョナサン)
自分の外見や体型の特徴を客観視して受け入れ、自分の長所を生かす似合う衣服を身にまとう。いろんなシーンに対応できる衣類のバリエーションを持つ。(タン)
食べることへの意味と価値を感じ、食べるものをこしらえる心の余裕を持つ。(アントニ)
美しく清潔で、自分のライフスタイルに合わせた快適な住居に住む。(ボビー/ジェレマイア)
誰かに自分の心の中にあることをじっくりと聞いてもらい、今、自分自身にある問題の存在を認め、他者に助けを求めながら、自分を変える気力や勇気を持つ。(カラモ)
突然カラフルなイケメンのクィアたちがにぎやかにやってきて、弱っていたり、傷ついて殻に閉じこもっているような人に対して、寄ってたかって短期間でこんな大改造をするというのは、なかなかのショック療法ではある。
でも、それが許せてしまうのは、彼らが誰のことも作品のための素材や道具にはしないからだし、誰のことも上から目線でジャッジしないからだ。
人に上下を作らないフラットさと、その人の尊厳を尊重する節度ある態度が守られている。
それは、一見お気楽に見えるファブ5のそれぞれが、深いトラウマと脆弱さを抱えた存在であることと切っても切り離せないものだ。
底抜けに明るい人の絶望は深いんだな、と彼らを見ていると感じる。
クライアントとの関わりの中で、時折漏れ出る彼らの癒されない苦しみや弱さが、世界への恐怖が、彼らが助けたい人びとの傷つきに呼応する時、優しさが生まれる。
親しさとかあらゆる外的条件とは関係なく、ただの人同士が痛みと悲しみを共有するひとときは、すぐに消え去る儚い瞬間かもしれないけれど、人の心を長く温める火種となると思う。
目に見えているものはほんの表層でしかないことを、違うことはこわくないということを、ファブ5はたくさん見せてくれた。
8年間ありがとう、これからのそれぞれの活躍を楽しみに。