みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

楽しく働く

週末は、家族に末っ子の世話をお願いして、クラフト市のマルシェで一日野菜を売っていた。

昨朝起きた時は冷たい雨が降っていて、どうなることかと思ったけれど、日中はお天気雨がぱらぱらと時折降るくらいで済んだ。

雨上がりの清涼な空気の中、雨露に濡れた野菜たちがぴかぴかしていた。

真っ白なカリフラワーや美しいサボイキャベツ、ビーツ、葉っぱまで青々としたおでん大根にルッコラ、ビニール袋に入りきらないサイズの巨大ないろんな種類のレタスたち、他にも色々。

野菜って美しいなといつも思う。

 

朗らかな相棒Mさんが時々なんか面白いことを言っては、大笑いしつつ一心に働き、ものすごーく売れた。

おにぎりを食べる暇もないくらいに忙しかった。

昼前には野菜がほとんど売り切れてしまったので、会場が畑から近かったこともあり、追加で収穫してもらって2時過ぎに届けてもらった。

「さっき畑から引っこ抜いたばかりの大根がきましたよー 超新鮮ですよー」と声かけをすると、どどーっと人が集まってきて、バーゲンセール状態で飛ぶように売れていき、あっという間にまたなくなってしまった。

 

自分たちが播種・定植してお世話をしてきた野菜を、自分の手で畑から収穫して。

ざばざば洗ってきれいに整えて。

コンテナにぎっしりの野菜たちを軽バンに積み込んで。

マルシェでもりもりに彩りよく並べて、壮観だなあって一人ほくほくして眺め。

お客さんに美味しい食べ方を紹介しながら、全然無理な押し売りはせず話すことを楽しんで。

「どれも立派なお野菜ね、全部買って帰りたいわー」と褒めてもらったりしながら野菜たちがみるみる売れてあちこちに散らばっていく。

夕方へとへとで、でも元気を保ったまま手際良く撤収作業をして、笑顔で手をぶんぶんと振って解散した。

 

そのシンプルなプロセスの全部に関われていることのありがたさを思う。

でも、うちの農家は少量多品種で、栽培方法も売り方もスタッフの働き方もすごく自由で独特だから、私のようなへなちょこでも働けている。

JAとかに大量に納めているような一般的なガチ農家では、とてもついていけない。

 

普段は三浦半島のガチ農家で働きつつ、自分の畑も立ち上げ、たまにうちの農家に手伝いにやってくるIさんというファンキーな元ミュージシャンの方がいる。

最近始まった三浦大根の収穫は、6〜7人で1時間半で4000本引っこ抜くんだと言っていた。

「もうね、身体が事故っすよ!事故!」

隣市の農家とダブルワークしているNさんは、朝の4時から4人でもりもりとレタスを収穫して、コンテナにぎっしり入ったレタスを、低速で走る軽トラにぼんぼんと投げ入れていくのだそう。

 

私たちはちょっと雑談などもしながら、大根50本収穫(大根ってめっちゃ重いですよね!とか言いながら)、かぶ150本(あえて間引いていない!)、ルッコラ100株(雑草をかき分けて探すスタイル)、全部積み込んだら次はねぎの畑に移動して、というゆるい感じ。

 

品質にすごいプライドを持って、雑草一本生やさないという気合いのガチ農家の軍隊みたいな仕事の仕方は、すごいなあ格好いいなあって思うけれど、人間が究極の機械みたいにならないと成立しないって怖い気がする。

それもJAという巨大な中間組織にどうしたって搾取されてしまうから、そこまで効率化せざるを得ないということがある。

だから、そうした既存の組織に極力依存せずにやっていくという、うちの農園のスタイルは、ビジネス的に見ても普通に合理的なんだろうなと思う。

 

うちの農園のオーナーは、いつも飄々として落ち着き払っていて、どうにもつかみどころのない人だ。

どうやらこの人はサイコパスの気質があるなとだんだん分かってきたので、私は間合いを空けて穏便に接するようにしている。

でも、サイコパス的だからこそ、協調性などに囚われず、同調圧力にはどこ吹く風で、農業のギャンブル性にも耐性があり、自分なりの農業のスタイルを自由に展開できているのだなあと思って見ている。

まだ30代の若手で、親から受け継いだ農地もなく、全部自力で立ち上げて数年でこの規模でやれている、いやー社長は相当やり手だと思うよ、としがらみでガチガチの三浦半島で農家をしているIさんは、感心して言っていた。

何事も一長一短なんだろうな。

 

私自身は、成長みたいなものにはもうあんまり興味がなく、誠実に、役に立ちたいとは思うけどすごくなりたいとかないし、お金をより大きく儲けたいという欲もどこかに転がっているビジネスチャンスを掴みたい欲もない。

リスペクトの形としての正当なお給料がもらえたらそれでいい。

だから、ビジネスのややこしいことは全部お任せして、ひたすらバランスを取るということを常に考えているという感じで、基本、余裕がなくならないように、楽しくあれるように働いている。

やじろべえのように、あっちに傾き、こっちに傾き、常に安定しない難しさの中を生きている。

そんな日々の中で、泥だらけで汗をかいて仕事から帰ってきたら、末っ子が家の中でわいわい走り回っていて、私の帰りを全身で喜んでくれるって、幸せでしかないなと思う。

 

これからも、元気に働ける健康に感謝しながら、いつも動的平衡を最優先事項と思ってやっていく。