みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

「ワン・バトル・アフター・アナザー」

 

2025年アメリカ/原題:One battle after another/監督:ポール・トーマス・アンダーソン/165分/2025年10月3日〜日本公開

とっても楽しみに待ち焦がれていたPTAの新作。

結果、「マグノリア」はやっぱり不動の1位のままだけれど、でも本作も相当好き。

王道ハリウッドアクションムービーを標榜していても、安易に単純化したり、薄まったり、とっ散らかったりすることなく、緻密で、さすがの手練れ感。

クレイジーなキャラクターで強烈な印象を残したショーン・ペンを筆頭に、俳優たちも文句なく魅力的だった。

(娘のウィラを演じたチェイス・インフィニティは、本作が映画デビューで、共演がディカプリオ、ペン、ベニチオ・デル・トロというあまりに濃い面々。こんなシンデレラ・ガールがいるのだなあ)

どんなスタンスで見ても、どうやったって楽しめてしまう多層性はさすがとしか。

今の世界のすぐれたメタファーであり、とぼけた味わいのコメディであり、ホラーであり、それら全てを包摂するようにして、不格好でしぶとい人間への尊厳と子どもへの愛、が物語を貫いている。

 

何よりも、私にとってPTA作品の必須条件である、「時空がねじくれるような濃縮されたエネルギーにめくるめく巻き込まれてぐあんぐあんするあの感じ」をしっかり感じさせてくれたので満足だ。

前作の「リコリス・ピザ」にはそれを感じなかった。そっかーPTAも人間だからそりゃ年取るよね、と寂しく思っていただけに、嬉しかったな。

 

ディカプリオ演じるちょっと情けない中年男のボブは、監督自身を投影した存在でもあるんだろう。(彼にも同じ年頃の娘がいる)

「かつては世を騒がせたが、今は冴えない日々を送る元革命家」って、かつて鳴り物入りでハリウッドに登場して、天才だって大騒ぎされていた彼自身のありようともどこか重なる。

もちろん、PTAはコンスタントに優れた監督作を発表していて、ボブのような落ちぶれた状況ではない。とはいえ、やはり年月は経ったのだし、生きていれば色んなこともあったろう。

だからこの作品は、私は父から娘へのラブレターだと思いつつ見た。

 

“世界は基本的に狂ってるし、大人は信用できる人間も少しはいるが、しょうもないクソはなにしろ大勢いて、そいつらは幅を利かせてやりたい放題だ。

人生とは、次々と降りかかってくるクソをその都度戦って蹴散らしていく、one battle after anotherの日々だ。

生まれてきた以上、誰も戦いからは逃れられないんだ。

 

でも、世界でどれほどひどいことが横行していようとも、虎視眈々と作戦を練っているレジスタンス、仲間は常にどこかに潜んでいて、仲間だけで分かり合える特別な合図が存在している。

普段はばらばらに生きていても、いざとなれば仲間たちと手を繋ぐことができる。

だから、志を捨てることなく、やりたいようにやって思い切りよく生きるといい。

そして、自分なりの革命を起こすんだ。”

 

ウィラは突然自分の身に降りかかった絶体絶命の危機、あまりに理不尽で訳の分からない状況を、映画のタイトルそのままに、自らの体力気力と運と生命力で次々と切り抜けていく。

その背後で、父親のボブが娘を救おうとがむしゃらに後を追っていることを、ウィラは最後の最後まで知らない。

酒とドラッグに依存し、お調子者で頼りないダメ父だが、娘を思う気持ちだけは掛け値なく、ひたすら強い愛に突き動かされている。

でも結局、ひとつも役に立ってなーい!

ウィラが結局、最後の追手を自らの手で退治して、全てが終わった直後、やぶれかぶれのボロ雑巾状態のボブが駆けつける。遅い!

 

でもその時、父娘の間で小さく音楽が響き合う。

レジスタンスたちが懐に持つ、どこにいても互いが仲間であることを知らせるための小さな機械が、「この人は味方だよ」と伝える。

泣けたー。

 

 

役に立とうが立つまいが、誰かが必死のぱっちで愛する者を助けようとするさま、誰かが誰かにとって何の留保もなく味方であるということ。

そこに理屈抜きのうざくもしぶとい、けして諦めない愛があるということ。

それこそが、このクソみたいな世界における、唯一の生きる希望なんだよなあ。