雨が降るたびぐっと気温が下がり、あっという間に夏が遠ざかっていく。
今年も夏の暑さは厳しく、日中はもうお手上げ状態で、諦めてクーラーの効いた部屋でじっとしておこうという日も多かったから、涼しくなるのは喜ばしいことのはずなんだけど、厄介なことに、日に日に気分が沈みつつある。
ものごとの感じ方や気分が明らかに変わってきている。
各種コーピングもさほどの効果を感じない。
でもやらなかったらもっとダウンしちゃうんだろうから、いつも以上に、すがるように、ルーティーンを大事にしなくっちゃ。
鬱っぽい時期に定期的に潜っていってしまうのはどうしても避けられないことだから諦めもあるけれど、毎回色々違うから慣れはしない。
いつか抜ける時が来るということを信じられることだけが経験値という感じ。
ずーっとうっすら憂鬱で、億劫で、ひとり籠もっていたくなり、自分の言ってしまった間違った言葉や、誰かに言われた何気ないひとことにいちいち傷ついたり後悔したりして、くよくよする心の動きを止められない。
ここから当分は、極力人には会わず、息を潜めながら出来るだけ、淡々と、踏ん張って、毎日をしのいでいく時期に入る。
鬱期は、何事においても感じやすくなっているので、ものごとの受け取りがいちいち悲観的になったり、人が怖く思えてしまったりするので、それがつらい。
でも、最近では無理はせず自分を責めず、わりにすっと諦めて外の世界に背を向けてしまうから、地に足をつけて自分の小さな世界にいる安らぎも得られる。
感受性が鋭敏になるので、本や映画からいつもよりたくさん受け取るし、日常のいろんなところに美を見出して人知れず感動したりもする。
内面の静かさと豊かさをじっと黙って感じている時期でもある。
鬱期は、機嫌が良いわけでもないし、私の主観としてはずっとさみしい悲しい気持ちで過ごしているのだけど、それと反比例するように夫婦の関係は穏やかで優しいものになっていく。
以前は、私が沈んでいる時期には決まって夫氏の機嫌が良くなることがずっと不可解で、彼は私が不幸なのが嬉しいのだろうか、と恨みがましく思っていた時期もあった。
でも多分、普段の私は浮き足立って雑だったり、忘れたり、何かと彼を振り回したり後回しにしているってことなのだろうと思う。
他の何かを優先させず、外部の人とのやりとりに煩わされず、私が明るくはなくとも怒ったりはせず凪の状態で家にいることで、彼も被るものが少なくいつもより平和なんだろう。
そう考えると申し訳なくなってくる。
さみしいからちょっとひっつきたくなったりもするし、元気がないからいつも以上に喋るよりもじっくり聞いている気がするのも、良いような気がする。
ほとんど誰にも会いたいと思えない時期も、家族には会いたくないとはならない。
それって幸せなことだ。
そういうことを改めて思ったりもするので、定期的に元気がなくなるのも、しんどいことだが大事なことなんだろう。
また、今うちには5歳の小さな人がいる。(私を疲れさせる原因でもあるけれど!)
この子が笑ってれば何はともあれ大丈夫かーとなる。
そんな可愛い子がいても、つらいものはつらいが、有り難い。
期間限定特典みたいなものと思っている。