
夏休み期間中はひとつも見たい作品のなかった近所のシネコンで、9月に入ってまず見たかったのがこの作品。
それにしても洗練された撮影が際立つ作品だっただけに、どうしてポスタービジュアルがああいうものになったのか、理解に苦しむ。あれはちょっとあんまりだー。
カンヌで上映された時のビジュアルの方がずっといいので、こちらを置いておく。
繰り返しになるけれど、この作品のメランコリックで気品のある美の感覚は素晴らしく、終始撮影に酔いしれた。
目に焼き付いて忘れられない魅力的なシーンがいくつもある。
端正でありながらどこか不穏さのある、コントラストの強い石川作品のビジュアルがとても好み。
そして美しいといえば、主人公の悦子を演じた広瀬すずの輝きがものすごかった。
というか、この映画は広瀬すずを愛でる映画でもあると思う。
この映画の彼女は、オードリー・ヘップバーンさながらであった。
往年の映画スターのような、ちょっと人間ばなれした感じ、グレース・ケリーや原節子的な「完璧」な美しさ。
近年の広瀬すずって、左右対称の見事にきれいな顔をしていて、存在自体があんまりぴかぴかしていて、画面のどこに居ても自然に目がいってしまうような強烈な「華」がある。
お芝居も声も素晴らしく、少女のような清潔感と陰りのある色気が同居している佇まいがなんとも魅力的で、俳優として選ばれし人だなあ、といつも感じる。
こればっかりはある人にはあり、ない人にはないとしか。
彼女がただいるだけで作品をぐっと一段引き上げてくれるから、誰もかれも彼女にオファーしたくなるのは分かるけれど、それは周囲から浮き上がって見えるほどの強い輝きだから、作品を壊す危険もはらんでいると思う。
ひとり突出した存在感が違和感となって、作品がちぐはぐになることも起こりうる。
石川監督は、広瀬すずのビジュアルの圧倒的な強さをよく理解した上で最高に生かす起用をしたと思う。
若き日の悦子は、美貌だけでなく、その所作の美しさや善良さや控えめさも含めて、まさに完璧な「夢の女性」だった。
まったく、ずうっと見ていたいようなきれいさだった。
そしてそれは、偶像化された女性像なんだとも感じる。
「私たちが光と想うすべて」の登場人物たちに感じたような胸に迫るシンパシーを、この作品に出てきたどの女性にもほとんど感じなかった。
三人三様、それぞれうっとりするほどチャーミングなんだけど、でも、どこか観賞するための女性たち、という感じが否めなかった。
この作品は、ラストにある思いがけない「種明かし」があるのだが、私はそこで物語について行けず、いささか混乱した。
普段、映画ならではのシュールな展開がある作品ならわりに見慣れているし、常識的な理屈や道理の通らないものを感覚的にすっと受け取ることに難を感じることは少ない。
でも今回は、「おそらくそうなるんだろうな」という伏線もあった上に、そこまで意外な展開ではなかったにも関わらず、飲み込みづらさを感じた。
逆になんでだろ?と考えたのだけど、多分、吉田羊演じる初老の悦子と、二階堂ふみ演じる佐知子があまりにそつなくスマートだったからなのかなー、と思う。
初老の悦子を、現実を歪めてしまうほどの強い葛藤を抱えた人物とは思えなかった。
佐知子も、妖艶な美しさばかりが印象に残って(美の競演的な)、悦子の影の部分を付託された存在とは感じられなかった。
隙なく着飾った母とはかけ離れた万里子(景子)だけが、原爆や、人間の非情さといった戦後の長崎の負のイメージを、その異様な風貌でかろうじて体現していた。
良くも悪くも3人の女性たちがacceptableな範疇にきれいに収まっていたなと思う。
それは、こういうことを言うと身も蓋もないのだけれど、男性が女性の機微を描こうとした時に、どうしても女性を客体として眼差す目線から逃れられないというある種の限界といえるのかもしれないし、女性が男性の機微を描く場合も同様だろうと思う。
反面、あくまで脇役の男性たちはそれぞれの屈託を抱えていて、より「戦争」を描く上で生きた語り手となっていたと思う。
出番は短かったけれど、松田を演じた渡辺大知は、はっとするような素晴らしさだった。
ともあれ、石川監督の作品は、どの作品も静かな美意識で貫かれていて大好きだ。
そして、長崎の戦後を描くという点においても、誠実で細やかな演出だったと思う。
原爆という圧倒的な暴力に打ちのめされた人たちの心にどんな傷が残ったのか。
それらにどう折り合いをつけながら戦後の人々は暮らしていたのか。
希望と残酷がないまぜになった戦後の社会のムード、人々の暮らしの感じがステレオタイプでなく伝わってきた。
何より大事なことは、戦争というものがどれほど人の人生を狂わせ、人と人との関係性を壊すものか、人の暮らしの全てにどれほど取り返しのつかない被害を及ぼすものかということを、こうした映画やいろいろな芸術を通して、私たちが忘れず心に刻み続けることだ。
本作は、映画のひとつの重要な役割をきっちりと果たしていたと思う。