みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

生後1827日(5y/0m/1d)

末っ子は5才になった。

昨日は農園の仕事の日だったので、仕事帰りにケーキ屋さんで頼んでいたケーキをピックアップした。

汗だくの汚い格好でこぎれいなケーキ屋さんに入っていくのが恥ずかしかった。

先日私の誕生日だったので、このケーキ屋さんにはこないだ別のホールケーキをお願いしたところだった。

「8月、お誕生日が続くんですねー」と店主さん。

これでこのお店のホールケーキは全種類制覇したことになる。

帰って大急ぎでマカロニグラタンをこしらえ、食後にチョコレートケーキでささやかにお祝い。

これは私も他のメンバーもそうだけれど、なんだかんだで一番嬉しいのは、ハッピーバースデーの歌をみんなに歌ってもらうことだ。

自分のためにみんなが歌ってくれている時の恥ずかしいような嬉しそうな顔を見るのが好き。

末っ子は、念願のはたらく車からロボットに変身するプレゼントのおもちゃをゲットすると、ケーキそっちのけで一心に組み立てていた。

いつの間にか、こんな複雑なおもちゃも組み立てられるようになった。

でも「何才になったのー?」と本人に訊くと、当然ですみたいな顔をして「ん?2しゃーい」と言っている。

 

今朝は、このところ日課になっている早朝の海へのお散歩に、早くに目を覚ました末っ子もくっついて来た。

朝の涼しく爽やかな風の中、自転車の後ろに末っ子を乗せて海へ向かう。

「ねー、これからスーパー〇〇へ行こうよ」と末っ子が言う。

「こんな朝早くはまだ開いてないよ」と答えると、

「じゃあ海は開いてるの?海はなんで閉まらないの?」と言う。

「海はいつもそこにあるものだから、開いたり閉まったりはしないんだよ」始まった、と思いながら私が返すと、

「どうして海があるの?人間の世界に」と末っ子。

幼い子供にとって、世界はあまりにも分からないことだらけだから、いつだって小さなきっかけを入り口に、どこまでも数珠つなぎに質問が続くのが常だ。

「人間の世界に海があるんじゃないよ。この地球に、海があって、その中に人間の世界もあるんだよ」

何と答えていいのやら、難しい。

末っ子の質問は、日本語が逸脱していたりするから受け取りづらく、どういう意味のことを言っているのか、少し考えないと分からないことも多いし、それでいてとんでもなく本質的だったりして、試される感じがある。

大人みたいな顔をして、ほとんどの事はまともに答えることもできない、いかにろくにものを知らないかを痛感する。

忙しかったりめんどくさかったりして適当に投げ出してしまうこともあるけれど、出来るだけ自分なりの言葉で考えて答えたいなとは思っている。

 

そのまましばらく走っていると、「ぱぱがいないとお話ができるね」と末っ子が後ろから言ってくる。

一瞬ん?と思うが、そうか、普段食卓では大人の会話に割って入る末っ子を「ちょっと今お話中だから」「静かにしてね」と制することが多いことを言っているのだと気付く。

大声をあげたり強引に私の膝の上に座ってきたりするのをよく叱るのだけど、蚊帳の外にいるのがさみしくて、一所懸命じゃまをしているのだよなあ。

そんなに話を聞いてもらえてない感があったのか、と思って反省をした。

我が家はみんな聞いてほしい人たちだから、普段から聞き疲れするほどだ。

だから末っ子のことをあなどって後回しにしていた。大変悪いことをした。

 

私はいつも、保育園から帰ってきた夕方以降はばたばたしていて、そのままお風呂、寝かしつけまで次々とこなす感じ。

夕飯を作り終えたら大抵、疲れ切っているし。

末っ子から見た私は、いつもせかせかしてテンパっていて、余裕のないお母さんなんだろうな。

純粋にリラックスするための早朝の散歩のひととき、きっと私は一番余裕があるのだろう。

こどもはよく見ている。

 

海に着くと、足先を濡らしながら波打ち際を手を繋いで歩いた。

末っ子は、巻貝を見つけると、お尻のポケットに大事そうにしまい込んでいる。

海に突き出しているような防波堤の突端に向かって駆けて行く末っ子を、落ちないように気をつけなよーと言いながら後ろから追いかける。

テトラポットフジツボが不思議だったようで、あれは何だと質問し、蟹をひとしきり観察し、散歩中の可愛い犬を撫でさせてもらい、自転車に乗って家に帰ってきた。

 

帰ってシャワーを浴びている時、はだかんぼの末っ子が抱きついてきて、お風呂椅子に向かい合わせで座ったまま、温かいシャワーをお互いに浴びせてあったかいねー、気持ちがいいねー、と言い合う。

もうお腹の中から出てずいぶん経つけれど、元々ひとつだったことをふと思い出す。

柔らかい肌と小さいけれどふっくりとした力強い手の感触がめくるめくような心地良さで、ずっと抱き合っていたかった。

 

 

つらつらと些細なことを書きつらねたけれど要は、うちにいつもこんな小さな可愛い人がいるってことが、私にはまだどこかうまく信じられない、いまだに物珍しいんだということが言いたい。

平凡な色々ある毎日の中で、ふとした瞬間に私はびっくりし続けている。

台所でりんごをむく私の隣に来て黙って見上げ、私が口にりんごのむいたのを入れてやると満足そうにぷいとどこかへ行っちゃう時とか、夜中にぐずり声で起こされて、薄暗がりの中、末っ子の小さな胸をとんとんと優しくたたいてまた眠らせている時とかに。

5年前にはこの世界に存在しなかった小さな人が、我が家をいつも屈託のない明るさで照らしていることのなんという不思議さだろう。

上の二人の子に対する思いとは、また全然違う。

あまりに想定外だったからかな、末っ子は、宇宙から唐突に舞い降りたちっちゃな宇宙人みたいに思える。

とにかく何かと面白い。

これからも出来るだけ塞がないように心がけるので、面白いことたくさんの日々を過ごしていただきたい。