みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

スマホから離れるチャレンジ

こないだ誕生日を迎えたのをきっかけに、気持ちをあらたにいくつか目標を立て、ほどほどのゆるさで継続している。

基本的に生きるとは、「私のトリセツ」「私を取り巻く世界のトリセツ」を地道にブラッシュアップしていく日々の取り組みのことだと思っているけれど、以前は工夫すること自体が本当に苦痛だった。

それが、歳取るごとに、それほど苦と思わなくなり、今ではちょっと趣味っぽい感覚にさえなっている。

歳を取るのは何かとせつないことだが、いろいろ無理がきかなくなって衝動や競争心がめっきり薄くなり、あんまり焦らず目の前のことを一つずつやっていく落ち着いた構えが生まれた事は、善き変化だと嬉しく思う。

 

今回えいやっと始めたことの中で、地味に大きな方針転換は、「スマホから離れるチャレンジ」である。

スマホの弊害は、もちろんこれまでだって頭では重々分かりすぎるほど分かっていたけれど、どうにもうまく行かず挫折続きだった。

でもしばらく前に立て続けにぐさっと刺さった言葉があって、いっちょ本気で取り組んでみよう、と心に決めたのだった。

 

きっかけになったのは、不意に飛び込んできた2つの言葉。

ひとつは娘氏がネトフリで見ていたドラマの台詞。

1日にスマホを3時間見てる人は、一生のうちに10年間見てることになるんですって。

(ドラマ「anone」第1話より)

もうひとつは、(今はもう見なくなった)Twitterに書かれていた、知らない誰かのつぶやき。

人生の終わりに人が後悔するであろう代表的な項目が、新たにひとつ加わった。

『こんなにスマホばっかり見てなければよかった』

 

これはあまりに嫌すぎると思った。

で、腰を据えてロジカルに考え、これまでの挫折ポイントを踏まえて自分なりの工夫を実践してみた。

とりあえず滑り出しは順調だ。

人によってスマホの使い方は全然違うと思うし、分かっている人にとってはごく当たり前のことでしかないとは思うけれど、備忘録として書き留めておく。

 

まず手始めに、自分がスマホのどのアプリをどれくらいの頻度と時間見ているのかを具体的に把握した。

私の場合、スマホを手に取るきっかけナンバー1はLINEだった。

仕事、プライベート共にこの通信手段を使って他者とやり取りすることがとても多い。

頻繁に誰かから連絡が入るわけではないけれど、こちらの都合で見なかったり返信をしなかったりする事はできない。社会生活に支障が生じる。

だから、LINEに限ってはある程度しょうがないことと割り切る必要がある。

 

これまでは、とにかくスマホを遠ざけなければ、という思いで「スマホになかなか触れられないように別の部屋などに充電器ごと遠ざける」という雑な作戦を定期的に取っていたが、毎回なし崩し的に挫折してきた。

当然だ。LINEという通信手段自体は継続するしかない以上、「スマホを触らないようにする」という設定自体が非現実的だった。

それで、今回はあえて身近に置いておき、無理に遠ざけてかえって気になってしまう状況を回避した。

必要な事は、

①LINEを確認する頻度を減らす(何時にチェックする、とあらかじめ決めて、それ以外の時間は極力見ない)

②LINE以外でスマホを手に取らないで済むような工夫をする

③LINEを入り口に、別の何かに沼って行くことがないように工夫する

ことであった。

 

今回すごく良かったのが、腕時計を導入したことだった。

ストップウォッチとアラームの機能だけついた、素っ気ないデジタル時計を買った。

ガラケー時代に腕時計をする習慣を失っていたから、腕時計をするのは本当に久しぶりのことだったけれど、なかなか快適。

これで時間を確認するためにスマホを手に取らないで済むようになった。

そして、「1回あたりのスマホ時間は5分以内」と決め、LINEやどうしても必要なSNSやメールのやり取り、調べごとのためにスマホを手に取ったと同時に、ストップウォッチをONにする。

何はさておき5分で一旦強制的に引き剥がす作戦。

 

それから、ただ気合でスマホを禁じてみても所詮無理があると考えた。

そもそも私は何もせずにボーッとすることが生来苦手なのだから、「隙間を埋めたくなってしまう自分」自体を否定してみても苦しいだけ。

アディクション体質自体はどうしようもないので、スマホよりは自分にとってより良いものにアディクションする、アディクション先を乗り換えるんだ、と考えた。

それで、暇つぶしのパズルゲームは削除し、SNSを見る代わりに、隙間時間は本で活字を摂取するという方針を定めた。

わなわなっとしたらすぐに読みかけの本を手に取る。

同じ活字中毒でも、スマホで芋づる式に何かをどんどん読んでしまうのはすごく浪費感があったけれど、読みたかった本を手当たり次第に読んでいくのは、スマホより何倍も面白くって充実した気持ちだし、脳も疲れないんだということを実感した。

ていうか、スマホを見ていたせいで、いかに本が読めなくなっていたかということにちょっと愕然としている。

アカウントを消さずとも、インスタもTwitterも今のところ全然見なくて問題ないし、特に渇望も感じない。

SNSは、特定の何人かだけピンポイントでチェックする他は全く見ないという方針で、フェイドアウトしていこうと思う。

 

今のところ未解決なのは、カメラ問題。

私の場合、LINEと並んでスマホを手に取るきっかけの二大巨頭はカメラなので、まあまあ性能の良いコンデジを買いたいな、と探し中だ。

本当はGR Ⅲが欲しいけど、高いなあ。

でも、特に子供が小さい間は、あ、今可愛い、面白いって慌ててシャッターを切る機会が多いから、カメラは重要である。

 

後、方針が定まっていないのは聴く用途。

家事をしたり運転をしたりしながら聴く音楽やポッドキャストは、特に制限しなくてもいいかなと思っているけれど、ポッドキャストYouTubeは視聴するコンテンツを決めて、あれこれ検索することで沼ってしまうことは避けようと思っている。

 

今のところ、順調にスマホから離れた暮らしを継続できていて嬉しい。

スマホから離れて数日で明らかに肩こり・首こりが良くなって驚いた。

それだけでもやったかいがあったというものだ。

限りある人生の時間を何に向けていくのかということを考えるいい機会になった。

 

また気が緩むこともあると思うけれど、その都度「1日3時間のスマホは人生10年分」という言葉を思い出そう。