みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

両親と旅行

数日間、実家に単身帰省していた。

今回は実家から電車と車で1時間くらいの距離にある温泉へ旅行に行った。

今回も車椅子の父に合わせて至れり尽くせりのバリアフリーの宿だった。

 

80代に突入した両親は、ほうほうのていで生きている。

この状況で機嫌良く、朗らかでいるのがいかに難しいことか、頭では分かる。

でも、基本が不全感という人と共にいると負のオーラに引っ張られて、気付けば気が滅入っている。

私の身体の動きも鈍く重く、いつもうっすらと不満げな彼らに罪悪感を感じさせられることに漠然とした苛立ちや悲しみを感じる。

優しい気持ちで気分良く過ごしたいのに、なかなかそうはならない。もどかしい。

そのくせ彼らと別れて帰ってきた後は、生きて会えるのもあと数年だろうに、どうしてもっと、と悔やむのも毎度の事だ。

 

こうなるにはなるなりの家族の歴史はあり、家族なんて互いになにかしらの後悔を抱えて生きるしかないものさ、とも思う。

それでも今後会うことがあったら、せめて毎回二人の肩もみをやるんだ、と思う。

 

今回の良い思い出は、夕食の時にほろ酔いの父がふふっと笑いだして、なんか分からんが嬉しくて笑いが込み上げてくるんや、こうして可愛い娘たちと旅行に来れて、と言っていたこと。

最近要介護4にまでなってしまった父は、もうほとんど言葉を発さないし、表情もなく、何を思っているかもよく分からない。

だから、びっくりしたし、来て良かったなと思えた。

その5分後には、もう疲れて座っていられなくなって眠ってしまったから、ろくに話もできなかったのだけど。

 

もうひとつの良い思い出は、蛍。

周辺にコンビニすらないこの宿の唯一のアクティビティは、近くの川べりで蛍が見られること。

夜の8時過ぎに集合して宿の人に案内してもらって母と妹と3人で見に行った。

闇の中でふうわりふうわりと淡い光の線を描く蛍を、土手からしばし眺める。

母が少女の頃住んでいた家の裏には小川があって、夜には蛍がいっぱい飛び交い、それを捕まえて蚊帳の中に入れて遊んだ。

その頃はあんまり当たり前で、大してきれいだとも思わなかったと。

私の子供時代には、すでに雑多なコンクリート色の町になっていたから、数十年前にはそんな素朴で美しい遊びがそこに存在していたなんて驚きだった。

 

いろんなことは音もなく失われ、思うより早いスピードで移ろっていくものなのだろう。

だって私が子供の頃は、夕方になるとコウモリの群れが近所の空を飛び回っていたし、とんぼだってすずめだってすごい数がいた。

今では本当に少なくなってしまったものな。

 

両親に残された時間はもう短く、今更何かをはっきりさせようとは思わない。

ただ心穏やかであってほしい。

けれど、どの親子にも多かれ少なかれあるであろう、親から子に引き継がれてしまう業というか呪いのようなものにいささかも落とし前をつけることなく、何も話さず行くのだなとは思う。

複雑に入り組んだ憂鬱な宿題みたいにぬるっと無言で手渡して、あとはよろしく、って。

 

責めたいわけではない。

どこから話し出せばいいかも分からないし、今ではもうほとんどのことはどうでもいいって感じだろう。

老人は、生きてるだけで大変なんだもの。

 

私が彼らをいささか癒すこともできっこない。

私は両親のことをほとんど何も知らないような気がする。

 

せめてもできることは、自分の子どもたちのためにも、自分をなるべく幸せにしてあげることくらい。

自分の気持ちを無視したり、そこにある感情をないことのようには扱わない。

 

その上で、誰かに責めや罪悪感を渡すのではなく、愛を渡すことを選ぶ。

「あなたの隣にいる人に、一回一回、愛を伝えることを繰り返す」。

incognitoのリーダーのブルーイが以前どこかで言っていた、憎しみを越える具体的な方法論。