故瀬戸内寂聴さんが、「友達はたくさん苦労してきた人を選びなさい」と以前どこかで言っていた。
私は友達の少ない人間だが、そこに関してだけは寂聴先生に胸を張れるかも。
私自身が色々問題を抱えた人間なので、いろんな人間を見てきて寛容な人でないと、なかなか折り合えないだけとも言えそうだけど・・・。
友達は縁のもので、選ぶなんておこがましいと思っているが、結局、長い付き合いの友達にかなりのハードライフ系猛者が多めなのは事実だ。
それなりの時間人生を生きていれば、大変でない人生などないから、あくまで私の主観ではあるけれど。
そんな苦労人の友だちのひとりと先日近所の砂浜で飲んでいた折、いい具合に酔っ払った彼女が二十代初めの頃、急性アルコール中毒で気を失った時の思い出話を始めた。
ちょっと堅苦しいくらいまじめで抑制的な彼女がそんなことになったのは、後にも先にもこの時だけのことである。
会社の大人数の飲み会で、居酒屋さんでのことだった。
なんでも、立ち上がって「すいませーん」と店員に声をかけた、その瞬間にぷつっとテレビのスイッチがオフになるみたいに目の前が真っ暗になり、その次の瞬間に見たものは、病院の天井の蛍光灯だったらしい。
「ほんとに一瞬で、ブランクがなく、気を失った次の瞬間には病院だった」
横を見ると、ベッドの脇で父親が頬杖をついて居眠りをしていた。
「あの・・・、なんで・・・、あれ?」意識が戻った彼女に気付いた父親は、おう気がついたか、と言うとのっそり起き上がって部屋の外に出ていった。
入れ替わりに看護師が入ってきて、まだわけが分かっていない彼女が「あの・・・、ここは・・・」と尋ねると、看護師はちょっと可笑しさを滲ませた気の毒そうな笑顔を浮かべて「うん、病院だよ!」と言った。
それでもしばらくは狐につままれたようなすごく不思議な気分だった。
特に体調も悪くなかったので明け方家に帰されたが、朝になると猛烈な頭痛と吐き気におそわれて、這うようにして職場に欠勤の連絡をし、そこから丸一日ひどい二日酔いで寝込むことになった。
彼女自身の体験は、おおむねこういうところだ。
そりゃそうだ、だってずっと気を失っていたのだから。
ところが、そこから振り返って、友だちは自分が気を失っている間のことを、まるで見てきたかのように、ディテールを交えて細かく語り始めた。
他にも倒れて起き上がれなくなった若手が何人もいて、あちこちにトドのように横たわっていたこと。
(絶対居酒屋の飲み物に問題があると思う)
部長がいつもの仕事の時のように、手分けして車で送迎するようてきぱきと指示を出したこと。
彼女は一応周囲に交際を隠してはいたがバレバレだった、のちの夫の車で送られることになったこと。しかも二人は大げんか中だったこと。
みんなで協力して、えっさえっさと気を失って重たい人々を運び、なんとか車の後部座席に寝かせ、まったくしょうがねーなーと苦笑しながら会はお開きになったこと。
彼氏カーの後部座席で友だちと後輩男子が寝ゲロを吐き、ドラえもんのぬいぐるみがゲロまみれになったこと。
深夜2時、友だちの家に着いて、のちの夫は寝ゲロを吐いて気を失った彼女を引きずるようにして玄関まで運ぶも、あまりに重くて、途中あきらめてちょっと地面に落とした。頭がコンクリートにぶつかってゴツッと鈍い音を立てたが、気絶したままだったこと。
父と彼氏が協力して彼女を家に運び入れたこと。
(のちに義理の親子になる彼女の父と夫の記念すべき初対面は、深夜にゲロまみれの娘/恋人を協力して家に運びこむ共同作業になった)
心配して起き出してきた妹が「急性アルコール中毒」と検索し、「こんな時は大変危険」の欄に「呼びかけても返事がない」というのがあったが、いくら呼びかけても友だちが気を失ったままだったので、半泣きで救急車を呼び、緊急搬送されたこと。
後日、電話で彼氏に謝ったら、電話口で爆笑されたこと。
友だちはくすくす笑いながら、実に楽しそうに話した。
のちに周囲の人から聞かされたそれぞれの話を、時系列でつなぎ合わせていった記憶なのだと思う。
私は彼女があんまり具体的に臨場感をもって話すので、声をあげて笑いながら、内心少し驚いてもいた。
一般的に、まあまあな黒歴史であることは間違いない。
私だったら、会社の同僚や交際中の彼氏の前でそんなことになったらと想像するだけで白目だし、長時間気絶して記憶もないのも心もとなさすぎて恐怖だし、恥ずかしさのあまりその記憶全体を封印しにかかるような気がする。
でも、彼女はまるで「すごくいい思い出」を語っているみたいだった。
忘れたいどころか、何度もこのことを思い返してきたのだろうなということが、詳細な話しぶりから分かった。
なんでだろう?実に楽しそうに話す友達の横顔をぼんやり見ていて、不意に少し分かったような気がした。
日常的に暴力を振るう父と、精神の病を抱えた母の家庭で生まれ育った彼女には、幼い頃からつらいことがたくさん起こった。
それゆえ彼女は、自分に厳しく、傷つきたくないゆえになかなか他人を信頼できない人になった。
褒め言葉はほぼ受け取らないし、何でも先回りして気を回してさっと身を引くように距離をとるくせがある。
長年付き合っていても、基本的に防御的に接してくる。
どうしても信頼してもらえないのかなと残念に思う気持ちと、コミュニケーションの面倒くささにほとほと疲れ、時々諦めてしまいそうになるレベルだ。
でも、誰よりも優しく他者に寛容で、武士のように公平で、悪意というものがなく、とても聡明な人だ。
人を軽んじたり見下すようなことやずるいことを決してしない。
私も負けず劣らずこじらせているから、そういう彼女のありようには本当に救われてきたし、許されてきたと思う。
友だちは一貫して、気を失ってただ横たわっていただけだ。
自身が全く預かり知らないその間に、いろんな人が入れ替わり立ち替わり、当たり前のように寄ってたかって彼女を助けた。
その出来事は、誰にも迷惑をかけてはいけないし誰も頼れないという基本姿勢で生きてきた彼女にとって、世界は信頼するに値することの証として、生涯心に刻まれることになった。
最高にだめで役立たずな状態でも、それでも自分は周囲の人たちに愛され、当たり前に受け入れられ、迷惑をかけても許され、心配され、大切にされるのだということを知った。
それに比べたら、失態や恥の感情はちっちゃなことだ。
だからこそ、何度も噛みしめるように仔細に思い出していつまでも忘れず、ただ横たわっていた自分を代わる代わる親切に世話してくれた人たち一人ひとりのことを、こんなにも嬉しそうに話すのだろう。
彼女を少しは知っているからこそ、そう思い至って、なんだか胸が熱くなった。
あははは、全くさあ、それどうしようもないよ!と手を叩いて笑いながら、ちょっと泣けた。
それでも、人は簡単には変わったりはしない。
結局今も友だちは、人が怖いまんま。私だって似たようなものだ。
世界は不公平で、誰もが傷つきや偏りを抱えて、全てを癒すことなんて不可能で、欠けた自分と共になんとかかんとか生きていくしかない。
ただ、時々たまらなく見たいと思う。
川底できらっと光るきれいな小石みたいなものを。
世界は捨てたもんじゃないよ、と教えてくれる愛おしい何かを。