昨夜、タイに出張に行っていた夫氏が帰宅した。
数日レベルの出張はちょいちょいあるが、1週間以上の不在は、ずいぶん久しぶりのこと。
その間の母娘&子生活は、とっても楽しかった。
不在のパートナーのありがたみを実感しつつも、規則正しい生活から解放されて、ちょっとにやにやしちゃうようなイージーゴーイングな日々だった。
仕事はいつも通りこなしながらも、ちょっと高価な自然食ランチを食べに行ったり、カラオケでわいわい歌ったり、毎日赤ワインを飲んで、その時食べたいものを適当に食べて、娘氏といろんな話をしたり、映画や本を楽しみ、眠くなったら末っ子と身体を寄せ合ってぐうぐう寝ていた。
私は、夫氏がいなくても楽しく生きることができる。
でも彼と共同生活するのが嬉しいし、心強い。
他人同士だからめんどくさかったり、嫌な思いもするけれど、協力しあって生活すること、互いの得意が違うこと、こんなことがあったよとかこれについてどう思うとか話し合えることが嬉しい。
そう思えるためにも、これからも私たちは、時々まとまった時間離れて過ごすべきだな、と改めて思った。
ていうか、パートナーに限らず人と人との関係は、間合いを間違えないことが全てと言えるのかも。
基本は、誰かをいちいちすごく好きにもすごく嫌いにもならないものと思う。
あんまり何も考えず、「その人とはどれくらいの間合いで接するのが自分には心地良いか、相手に対して優しくおおらかな気持ちでいられるか」だけを感じて、適切な間合いを取れさえすれば、私はおおむね平和。
夫氏は、南の島のリゾートホテルで日常(と末っ子)から解放されて相当リフレッシュになったようであった。
仕事もつつがなく終えられたようだし、なんか見るからにすっきりぴかぴかしていた。
普段は不眠気味で、毎朝起きると身体の節々が痛いとよくぼやいているのに、タイではすこぶるよく眠れて体調も良かったのだと言う。
2、3ヶ月に一回くらい行けたらどんなにいいだろうとしみじみーと言っていた。
おー行こう行こうどんどん行こう、とお土産のお菓子をがっつきながら盛り上がる。
子が生まれ、円の価値も大きく下がって、海外がすっかり遠ざかってしまっていたけれど、こんなにリフレッシュできるなら、頑張ってたまにでも旅をすべきなんだ、ときっぱりと思った。
よその国に旅して、その土地の空気を吸い、全く違う生き方をしている人々や自然を眺め、気ままな時間を過ごすことは、かつて自分の人生にとって何よりのスパイスであり、滋養だったことを思う。
忘れていたわけではなく、子育てと日々のやりくりの中で、旅を恋しく思うこと自体を私は長い間自分に許してこなかった。
でももう人生の後半になって、お金や工夫でどうにかできるようなことは、なるべくどうにかして実現していくという方向で考えたいと思うこの頃だ。
末っ子が飛行機で泣かずに座っていられるまで、あと少しだー。