金曜日を最後に年内の保育園も終わって、同じ日に農園バイトも仕事納め。
家族全員体調もまずまずで、年の最後は平和な気持ちで年越しを迎えられそう。
数日前から落ち着いた気持ちでこつこつと好きなおかずだけのおせち料理を作っているのも楽しい。
今年も、いろいろなことがあったな。
日々の積み重ねはどこまでも地味だし無名的なのに、改めて振り返ってみると、「え!あれからまだたったの1年足らずだったっけ?」と思うことがいくつもあることに驚く。
どんな事件や変化でも意外なほどすぐに順応して、ほどなく新しい当たり前として受け入れ、そのうちずっと前からそうだったかのようにすっかり慣れてしまう。
私は節操がなく、たくましい。
人生は、大きくて深い川の流れみたいだ。
欄干の上から水面を眺めていると、ゆるやかでまったりとしていて、なんの変哲もない退屈さ。
でも流れの中はことのほか早く、あらがいようのない圧倒的な力でどうどうと全てを押し流していくのだ。
川底の部分はずーっと同じで変わらない。
長年かけてつもった泥が静かに沈殿していて、仄暗く、生温かい。
それに比べ、川の表面に近い部分は、ずっとにぎやかで変化に富んでいる。
光を反射し、雨に打たれ風に晒され、一瞬も流れが止まることなく移ろい続ける。
今年出会った人、別れた人。
今年始めたこと、終えたこと。
新しく生まれた関心、失われた興味。
新たに知った学び、思い違いへの苦い気づき。
すくすくと育つもの、衰え死に向かうもの。
もうあんまり欲しくなくなったもの、自分にはそれを欲するだけの価値があると思えるようになったもの。
それらはどれも、生きていく上での味わい。
今年も来年も、いろんなものに出会い、ぶつかりながら、避けがたく変わっていくことを、なるべく怖がらず、喜びをもって受け入れられたら。
そして引き続き、自分の直感にできるだけ正直に行動し、小さな夢を一個ずつ叶えていくことを心がける。
今年の最後に、「サラバ!」(西加奈子著)を読み返せて、しみじみと嬉しかった。
人間に生まれることは苦しみも多いが、ああなんて味わい深いことだとこの物語を読むたび思う。
この主人公のように、私も私の信じるものをきっとすでに見つけている。
気付いてないだけで、見つけている。
それを信じて、来年もこつこつやっていこうと思う。
末っ子がひととき眠っている間に、そんな穏やかな心持ちでこの文章を書いている。
生きていることは、信じているということだ。
僕が生きていることを、生き続けてゆくことを、僕が信じているということだ。
連綿と続いて来た僕の時間の頂点に、今の僕がいることを、心強く思った。

この厳しい時代を、勇気と優しさを持ち寄って、みんなでなんとか生き抜いていくのだ。