一番近い土日に祭日をくっつける制度のせいで、成人の日と海の日が毎年よく分かっていない。
連休初日の土曜日になって「ねえ知ってた、3連休だってよ」と夫氏から聞かされて、なぬー!と地味に崩れ落ちた。
3歳児とがっぷり四つの3連休(しかも梅雨中)には、心づもりってものが必要なのだ。
とはいえ、可愛い。とはいえ、きっつい。
連休最終日は、夕飯をこしらえてタッパーに詰めて、鎌倉で一人暮らしするじぃじのところへ行ってきた。
しばらく前に胸椎を複雑骨折したことをきっかけに、ありとあらゆるフレイル(加齢による心身の虚弱)がお父さんに襲いかかるかのごとく降りかかり、彼は相当がっくりきている。
私自身も更年期で同時に複数箇所が痛いってものすごく心を削られることだと身に染みて知ったので、さぞつらいだろう気の毒に、とため息が出る。
お父さんは元気な頃は、ひとり気ままに過ごすのが好きだと常々言っていた。社交的な遊び上手な人でもあった。
今は、あちこち痛くて外に出る気力もないし、前立腺がんのせいで常時尿管を繋ぎっぱなしにしていることから、外で人と会うのもとても億劫。
何よりも認知症のせいで約束事も、あらゆる場所の所在地も、移動しようにも近所のバス停の場所も忘れてしまって。
友達に電話をかけることもできないし、かかってきた電話で話したところで色々辻褄が合わず、気まずく「やあ、ごめんごめん」と謝ってばかりになってしまって。
そういう風にして、だんだん火が消えたみたいに人付き合いもなくなっていった。
唯一、近所の女性たち有志がやってくれていた居場所兼食堂に徒歩で通うルーティンがささやかなメリハリだったのだが、ここも数ヶ月前にクローズしてしまった。
格安で物件を居場所として提供してくれていた大家のおばあさんが亡くなり、相続した息子さんとは条件が折り合わなかったそう。
お父さんの認知症を理解して、手作りのご飯を提供し、お弁当を配達し、見守ってくれていた貴重な場所だった。
クローズした後は、一日中部屋でテレビを見て過ごすようになり、認知症の症状もぐっと進行した。
お父さんのようなお年寄りにとっての重要な生活インフラがお金の事情で失われたのが残念だし、こういうことを全部自助でやってもらおうとする、福祉に税金を使うことに後ろ向きな国の姿勢があまりに残念。
お父さんの体のことは、もちろん年相応のことと受け止めてはいるけれど、コロナ禍はあまりに大きく影を落としていると思っている。
行動の大幅な制限、あらゆるサービスの中止、人との関わりが突然断たれて、じっとひとり家にいる暮らしの中、急速に認知症が進んでいったのがすべての始まりだった。
コロナに罹らないためのあらゆる自粛制限によって、確かにコロナによって死ぬことはなかったが、3年間もの極端な環境の影響で、認知症発症、さまざまな体調不良、幸福感を含めた生活の質の大幅な低下が起こったことは事実だ。
無関係とは言わせない。
もちろん、起こったこと自体はあっちが立てばこっちが立たずで、何ごとも完璧には行かない。
人によっては良い面もあったし、予測不能なことでもある。
極端がやむを得なかった時期もある。
だからこそ、今後パンデミックが起こった時のために、私たちは今、あらゆる事実をテーブルの上に並べて検証し、しっかり考え、コンセンサスを形成するべきなんじゃないかなと思う。
喉元過ぎれば、みたいに、うやむやにずるずると前の生活にただ戻っていくのではなくて。
更に「状況を見ながら問題がなければ徐々に平常モードに戻そう」という意識が、組織レベルでも個人レベルでも、どうも日本の社会は希薄なことに、私は怖さを感じている。
あまりに無意味すぎるし、あまりに弊害が大きすぎるよね、と大きく社会問題化されるまでは、一旦決まった極端な対応が、アップデートされないまま延々と続く傾向がある。
以前のこの国では、さまざまな問題含みの社会制度は、死人が出たことをきっかけにようやく抜本的に変わるということがたびたびあった。
当然誉められたことではなく、「何かが起こってからでは遅い」とたびたび批判されてきたことだけれど。
しかし近年は、死人が出てさえも変わらない国になった。
コロナ禍や能登地震を見ていても、国民の死を問答無用のきっかけとして、国や組織が全体のための改善に乗り出すという動きが、とても鈍くなったと感じる。
私はそれをとても怖く感じている。
これは私の個人的な考えだけれど、その背景にはやはり第二次安倍政権で国の統計を改竄したり、公文書を破棄したり、情報を隠蔽したりするようになったことが無関係とは思えない。
メディアが政権に都合の悪い事実を報じなくなったことも並行して、何が事実かを分からなくしてしまえばいいという社会になってしまったということは、相当取り返しのつかない、致命的なことだったんじゃないかと。
赤木俊夫さんの自死は、この社会にとってのひとつの分水嶺だったように思う。
小泉政権下で、好きで危険な場所に行ったのだから、と人質交渉に国が応じず、見殺しにされた戦場ジャーナリストの死が自己責任社会のひとつの象徴になったように。
権力者は何をしても裁かれることなく、権力のせいで失われてしまった個人の死を軽んじたことは、今の社会の深いところに影響を与えているのではないかと私は思っている。
お父さんは、もちろん誰かや何かのせいでこうなったなんて思ってない。
ワクチンを5回打った実家の両親だってそうだ。
彼らの中で、「それとこれ」とは全く繋がってはいない。
ただ、おかしいなあこんなはずじゃなかったんだけどなあ、そう言って首をひねっている。
コロナというひとつの疾病を避けることがあらゆることをすっ飛ばして最優先されたことで、他のいろいろな大切なものがないがしろにされたということ。
さまざまなナンセンスなことも横行したということ。
つまり「長期間やりすぎた」こと。
それらが脆弱な自分たちにとって大きなリスクとしてはたらいたことを、親たちはおしなべて「しょうがない」とうけとめているし、その構造自体にとても無自覚だ。
そんなことを今更考えても、起こったことは仕方がない。
今ある症状に対処し、生き延びるだけだ。
確かにそれも事実ではあるけれど。
この先高い確率でまた来る災害や災禍に、また私たちは同じような姿勢で臨むのか、それでいいのか、とは思う。
埃が積もって臭いが充満し、空気が止まったようなじいじの家にいると、だんだん気分が沈んでくるのだけど、3歳児はそんな空気は一切感じてないみたいだ。
淀みを全部を吹き飛ばして空間をカラフルに染め上げるほどの明るい勢いにはいつも驚かされ、笑顔になる。
じいじも楽しそうで、ありがたすぎる。
今回も「会うのは何年ぶりかな」と言われ、ま、すぐ忘れちゃうんだけど、夫氏も参って来ているし、ご飯持参で通う頻度を増やしたい。
それにしても、夕飯を食べ終わって食器を片付けた瞬間に「あの、今日は私は夕飯は食べたんだっけかな」と言われた時にはがっくりきたが、まあいいや!
ヘルパーさんの存在に慣れたこともあって、他人が片付けることにだいぶこだわりがなくなったことも分かったので、次回からは掃除道具持参で、細かいところからこそこそ片付けて、もうちょっと居やすくさせてもらおう、と企んでいる。