みずうみ2023

暮らしの中でふと心が動いたことについて書いています

「Somebody Somewhere シーズン2」

最近、やんちゃ度が増してきた末っ子に「ごめんねって言おうね」と言い聞かせることが増えてきた。

自分のことを棚に上げてよく言うわ、と思いながらも、ここは大事な場面だなと思う時には、時間をかけて見守るようにしている。

 

3歳でも、自分の非を認めて謝ることはこんなにも難しいものなんだなあと思う。

そして3歳でも、ちゃんと納得して「○○して、ごめんね」と言って、相手が「いいよ」って返す、そのやり取りをしっかりやり切った後には、その場の全員が甘酸っぱいような幸せな心持ちになる。

 

心から素直に謝るって、こんなに素敵で、自分も相手も優しく満たしてくれるものなのに、どうしてこんなに難しいんだろう。

きっとそれは、自分の弱さと痛みにじかにさわることだからだ。

でもだからこそ感動するし、互いに優しさを分かち合える。

 

2022年〜アメリカ/原題:原題:Somebody Somewhre/監督:ジェイ・デュプラス他/2シーズン7話・各約25分

大好きなデュプラスブラザーズが手掛けるドラマ「Somebody  Somewhere」のシーズン2をようやく見て、毎日大事に1話ずつ見て、最終回の、サムがジョエルに謝るシーンでおいおい泣いた。

 

ガサツな女を装って、実は誰よりも繊細で傷つきやすい心を持っているサム。

仲間に愛されて、素敵な人なのに、とてもとても自分に自信がない。

親しい人ほど、彼女の繊細さを理解しているので、彼女を傷つけそうなことを言えない、けれどそのことがサムをもっと傷つける。

どうして誰も私には無理って思うの?と。

 

仲直りの会話でふりしぼるように、とても言いにくそうに、サムは訥々と告白する。

「私がこれまで周りの人に自分のルールを押し付けてきたのは、自分を安心させたかったから。間違ってた。これ以上同じことを繰り返したくないんだ」

 

ジョエルが愛してるよ、と伝えた時のサムの咄嗟の表情が、胸をつく。

とんでもない。自分にはそんな資格はない。そういう顔。

そうだよね、受け取れないんだよね、そう思ってまた涙が出た。

ジョエルが「そんな顔をしないで。ただ受け取って」とまっすぐ言って、その言葉は私の心にも沁みて、しばし甘酸っぱい幸せな気持ちに浸った。

 

こういう作品を見ると、しっかりと人間を説得力を持って描けていれば、ショッキングな事件やハプニングをストーリーに無理に盛り込む必要はないんだと実感する。

この作品の中で起こるのは、本当にありふれた日常的な出来事ばかり。

でも、人が何を気に病み、何を面白く思い、何に意地悪な心を刺激されるか、何をさびしく思うのか、そういう身近で誰にとっても切実な感情を丁寧に描いているので、少しも退屈することがない。

そして、その人のこじらせや欠点といったものは、良くないものだから直したり無くしたりすべき、というような簡単なものではなく、それこそがその人の人間味であり愛すべき個性でもあることをひしひしと感じさせてくれる。

愛すべきこじらせが、本人も気付かぬままにもれ出てしまっているようなやりとりに、なんとも言えない可愛らしさにを感じて何度も胸がいっぱいになった。

 

この作品を見ていると、気のおけない人、あるいはちょっとすれ違った人との、ちょっとプッと吹き出すようなしょうもない、なんてことないやりとりのかけがえのなさを思う。

ささやかでちょっと退屈な生活や、その暮らしの中の人との関係で生まれる当たり前の人間らしい感情こそが、人生の醍醐味であり、そこにはシンプルでしぶとい希望が宿っていることを教えてくれる。

今は、ショッキングでダークなSF的非現実を描いたドラマが幅をきかせ、ニヒリズムや虚無こそがリアリティーだと錯覚されがち。

こういう作品はとても少ないし、だからこそ貴重だと思う。

 

それにしても全員のキャスティングがめっちゃいい。

さらに演出が素晴らしい。

さりげなく簡単そうにやっているけど、美しいパズルのピースみたいに、全てが絶妙にかみ合っていて、気持ちがいい。

 

主役の二人はもちろん大大好きだけれど、わたしのお気に入りはトランスジェンダーで土壌学者のフレッド。

Somebody Somewhere Cast: Every Actor and Character

彼の佇まいがとても好き。

めちゃくちゃ優しくて気遣いがあるのに、ちっとも重たくしない。

さりげなくて、押しつけがましさがない。

ふざけて軽口ばかり叩いているのに、どこか威厳があってどーんとそこにいるという感じがある。

彼がその場にいるだけで、全員がいじめられたり排除されたりすることから守られる安心した気持ちになる。

そんな素敵なフレッドがいることが、この作品に品格を与えている。

 

もちろん、俳優の人間性も素晴らしい人だということはひと目でわかる。

これくらいの年齢になると、否応なく生き方は顔に出るからなあ。

ごまかしがきかないことは怖いことだけれど、一日一日を生きてきた蓄積が顔や雰囲気や表情に表現されている顔は、アートだと思うし、フレッドのようなきれいな顔に出会って何度でも心打たれることは、私にとっては生きる喜びのひとつだ。

 

自分自身を受け入れ、自分を愛するとは、どういうことなのか。

自分が愛されるに値する存在なんだと受け取るとは、どういうことなのか。

他者にユーモアとリスペクトをもって公平に接するとは、どういうことなのか。

フレッドは存在丸ごとで伝えてくれている。

生きるお手本みたいなフレッドだ。

 

シーズン3の製作も決定したらしく、わーい。

「The Bear」と並んで、一番心待ちにしているドラマ。